上から時計回り)山下誠(Dentsu Craft Tokyo / プロデューサー)|辻川幸一郎(映像監督)|坂本政則(アートディレクター)
──「YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA」は15分に渡るマインドトリップの旅、これまでにないライブ経験でした。デジタルを駆使しながらも瞑想的なこのライブを着想したきっかけは何だったのでしょうか?
山下誠(山下):”YAKUSHIMA TREASURE“はコムアイさんとオオルタイチさんによるプロジェクトです。二人のアーティストが屋久島で触れた文化や精神的なものから生まれた楽曲集は、EPとして発売されたり、2019年にはリキッドルームでライブとしてカタチになってきました。次のステップとして、いよいよリアルに屋久島でライブをやろうとした矢先、コロナウイルスのパンデミックにより実行が難しくなってしまったのです。私の働くDentsu Craft Tokyoは、テクノロジーを使って新しいコンテンツを作ることをミッションとする組織なので、弊社のクリエイティブ・ディレクターの菅野薫にアーティストから打開策はないかと相談が来ており、手立てはないかと模索しました。
菅野は「みんなが集まって楽しむというライブの代替物ではなく、デジタルのショーケースでもない、新しいライブ体験をつくるために適したテクノロジーを模索しよう」と言っていました。つまりテクノロジーありきでライブを作るのではないと言うことです。このプロジェクトではデジタルスキャンやポイントクラウドという技術を採用していますが、これらのテクノロジーが前提だったわけではありません。楽曲のコンセプトがベースにあり、インターネット上でどういうライブ体験を作っていきたいかを突き詰めた結果、スキャンとポイントクラウドという表現にたどり着きました。
──ポイントクラウドは、簡単に言うとコンピュータの座標情報を持つ点群データですが、それを使用して目指したライブ体験とはどのようなものでしたか?
山下:ライブで演奏している「殯舟(もがりぶね)」と「東(ひがし)」という2曲の世界観が大きく関わってきます。沖縄久高島に伝わるニライカナイ信仰では、魂の輪廻転生の考え方があるんですけど、それがテーマになった楽曲です。
辻川幸一郎(辻川):コムアイさんやオオルタイチさんとの対話の中で、「殯舟」のモチーフが死者を送る船だと聞きました。「東」は転生先の魂が集まる場所で、海の向こうにある”常世の国”のようなものをイメージしているところがあったんですね。ライブのロケーションとしてガジュマルの生息する森と、クリスタル岬というイメージをすでにもっていて、そこでライブをやりたいという思いがありました。ですが、ライブを中継するということは、一回きりの演奏をやるってことなので、ロケーションは二箇所ではなくて一箇所がふさわしいよねという話をしながら、曲の構成に合わせて死から再生という2拠点を移動する構成は確保しつつ、ガジュマルの森でやりきっちゃおうと着地していきました。
──ライブも撮影も一回きりというのも重要なポイントでしたか?
辻川:ええ、やっぱりライブってなんだろうって考えた時、ライブとしての一回性みたいなものを記録する方向に意義を感じました。映像は演出によっていかようにもかっこいい撮り方や画作りを考えられるんですが、一度きりのライブを記録して、そこで記録したものをどう演出するかっていう考え方へ振っていきました。鎌谷(聡次郎)さんが作られた「屋久の日月節」も拝見し、映像として描きたい世界を既に作りきっているのもわかったので。
──鑑賞者の読後感で目指したところは?
辻川:アーティストとの会話の中から、魂を送る”祭祀”としてライブを位置づけようというアイデアが出ました。であれば、ライブを”映像”として記録するのではなく、”魂が見ている世界”としてデータでキャプチャーしてはどうか。人の世界が光学的な世界だとしたら、魂が感知している世界は光学的な記録で表現できないんじゃないか、ならばデータの世界がそう見えるといいねと提案しました。全方位でデータ記録をして、どこからでも見れるようにしちゃうとか、人物に重なれるようにしちゃおうとか、キャプチャーならそういう事ができるし、それが魂の見ている世界とも言える。将来的にVRにしたいという構想も聞いていたので、なおさら360度の立体データを記録しておくことが必要なんじゃないかと直感的にありました。なのでここで映像的な考え方を捨てたんです。
映像的なアプローチを捨てた辻川監督、
少ない情報量だからこそ魅力的
ライブをスキャン撮影する模様。
──数あるデジタルテクノロジーの中から、点描のようなポイントクラウドを選ばれた理由は?
辻川:ライティングの問題が一つ。先程の話とも被りますが、映像で記録するとなると、光(ライティング)を選べない問題がありました。森の中に照明器具を持ち込んだり、光の感じがいい時間帯にタイミングを合わせてライブをすることは状況的にもコンセプト的にも厳しくなります。スキャンデータだと光は関係ないし、手法としてもシンプルになっていい。とにかくDentsu Craft Tokyoの技術力を持ってすれば、やれることは沢山あるわけですが、そこでできる限りシンプルな方法論にすることが大事だと思いました。ロケ場所も一つに絞って、撮影技法も一つに絞って、入れ込むものも一つに絞って、カメラの数をワンショットにして、シンプルに成り立つところを見つけていく作業だったと思います。そこからはポイントクラウドで、できることの最大化をチームで知恵を絞っていきました。
山下:人間や森ってミクロで見ると、粒というか原子ですよね。大自然の持つボリュームとエネルギーを、ポイントクラウドの点、小さな単位で記録していくというのは面白い着眼点になると思いました。壮大なものをミクロに見るという切り口で、これまでとは違うものが作れるという期待もありました。
辻川:普段映像で撮るものにくらべて圧倒的に情報量が少ないことが魅力的なんです。
──「少ないのが魅力」というのは、8Kの高解像度時代を目前に情報量を求める傾向において面白い発言ですね。
辻川:少ないっていうのは魅力なんです。この点で画を描くようなポイントクラウドは、それ自体が一つの表現になりうるんです。同じようなことで言うと、レディオヘッドのMV「House of Cards」。あれってようするに、”隙間の開いている点描でエラーを含みながら記録している”という様子がすごく詩的じゃないですか。不完全な映像だからこそとても詩的に見える。2008年に作られた「House of Cards」から随分時間もたっているし、テクノロジーも進歩しました。今回の挑戦でまた別の質感が獲得できると踏んだんです。
映像の技術っていうものは、過渡期にあるものを使うと数年後には古く見えてしまいがちなんですね。だけど、逆に「荒々しくて情報が少ない」ってところを表現の落とし所に設定しちゃえば古びないんです。要するにこれが「魅力的」と最初から位置づける。魂が見ている世界であり、このライブが祭祀だと設定し、ポイントクラウドの隙間だらけの映像を、これは魂が知覚している世界なんですよと位置づけることで、感情に響くものになるんだろうという予測がありました。
辻川幸一郎(監督)
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