サイバーパンクな世界をグラフィカルに描く
左上)監督:大橋史さん 右上)アニメーター:関口和希さん 左下)デザイナー:吉川和弥さん
──年の瀬のお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。まずは、簡単に自己紹介いただけますか?
大橋史:監督の大橋です。このアニメーションは、手描きアニメーションをメインに一部モーショングラフィックスを使い構成しました。僕はディレクションとコンポジット、冒頭シーンのAfter Effectsを使ったアニメーションを担当しています。今日はキャラクターデザイナーのかずお君(吉川和弥氏のハンドルネーム)とアニメーションでキャラクターに魂を入れてくれた関口さんにも集まってもらいました。この2つは本作においてすごく重要な要素なんです。
吉川和弥(かずお):こんにちは。キャラクターデザインをしました。ツイッターネームが「かずお」で、大橋さんとはずっとネット友達ということで、”かずお君”って呼んでもらっています。本当の名前はかずやです。京都在住です。
関口和希:ハンドドローイングのアニメーションを担当した関口です。
──それぞれの個性や得意がぞんぶんに表現された映像作品に仕上がっています。 アニメーション作品「君か君か」で目指した大きなゴールとは?
大橋:原作の短編小説で描かれるのは、2050年のシリアスな未来の生活です。そこでは少年少女の人格をバーチャルアシスタント(ロボット)に移植でき、ロボットが依代(よりしろ)のように存在します。また海面上昇によって、東京で住居を持たない人々は海上での暮らしを強いられています。そういう世界観の話を、アニメーションへと落とし込む際に、シリアスな世界観と視覚表現のポップさでバランスをとることで、原作のメッセージがより伝えられるんじゃないかと考えました。
表現においては、あえて縛りを設けたアプローチをとっています。少し専門的な話になってしまいますが「極力レンズブラーを使わない」、「グローを使わない」、「グラデーションを使わない」という禁じ手を自ら課しました。そしてレンズブラー(ボケ足を演出できるエフェクト)を使う代わりに、色面と色面の変化や分割のバランスで、遠近感や光、質感などを表現し、グローやグラデーションを使う代わりに、例えばディザリングを使うことによって海に反射する光を感じさせ、透明度を利用しない代わりにスクリーントーンの表現を取り入れています。それによってこのアニメーション独特の世界観をビジュアライズできると考えたんです。
ディザリング処理をしたことで線のジャギーを雨の表現に活用している。大橋さんの使用ツールはRetroDither。
──禁じ手を設けることで、自身のスタイルとして昇華させているのが面白いですね。「Please say something」や「Everything」のクリエイター・デイビッド・オライリーさんも、”何でもできるCG制作において制限を設ける”という哲学をもっていらっしゃることで有名ですね。そうした大きなルールブックに加え、2名の作家さん、吉川さんと関口さんを迎えています。
大橋:原作のディストピアな世界を思った時、これはかずおくんにやってもらいたいなってパッと浮かんだんです。
かずお:”ディストピアといえば僕”というイメージがあったんですか(笑)?まぁ、僕はディストピアに住んでるようなものですけど。
大橋:いや、いや、いや。話をややこしくしないでよ(笑)。
かずお:「話のシリアスさとバランスをとれるデザイン」ということでと、僕は聞いていました。
大橋:そう。話はディストピアなんですけど、ポップな作風にしたい意図があったんです。感覚的ですが「クリーンでミニマルでかっこいい」キャラクターイメージをもっていて、かずおくんのグラフィックデザイン的な絵がぴったりだなって。静止画にした時でも一枚絵として見せられる強さがあります。全体的な方向性としては、イギリスのアニメーション作家のニコラス・メナールの作品が参考としてありました。
──関口さんを迎えたアニメーションでの演出的な狙いはどのようなものでしたか?
大橋:演技の上手いアニメーションを付けられる方というのが第一の条件でした。しかもキャラクターがカメラを意識をしていない演技が上手な関口さんに依頼しました。
かずお:大橋さんから「関口さんは演技ができる人」って聞いて、アニメーターの”演技”を見てるんだって驚きましたね。役者さんの演技っていうなら解るんですけど…。自分はその解像度でアニメ観てなかったな。
大橋:自分の中で、アニメーターさんは声優さんと同じくらい”役者さん”というイメージがあるんです。キャラクターが物語の中の役者であることに自覚的な演技が上手い人もいれば、関口さんのようにカメラを意識していない演技が上手い人もいます。関口さんの学生時代の作品が好きで。メタ認知的な世界観というか、あれって過去の自分の実体験を作品しているんですよね?
関口:はい。自分の作品では、自分の身に起こったことをネタにする事が多いです。その時点で作品と自分が十分密着しているので、映像として描くときは突き放すくらい客観視して制作しています。
「死ぬほどつまらない映画」animation by Kazuki Sekiguchi
「友達と上手く共感できなくて悲しい、って内容の作品なんですけど、キャラクターの演技が面白いんです。僕も学生時代同じこと思ってました」(大橋)
大橋:クリエティブの側面だけではなく、監督としてプロダクション効率も考えなくてはいけません。その点でもかずお君とは長年の信頼関係があるので、いろいろと相談しやすかったです。
かずお:実際にプリプロダクションでの試行錯誤には時間がかかりましたよね。
大橋:進みが遅くてプロデューサーからも「大橋さんのチームが一番進んでいません。でも信頼してますから」って心配されたね。あの時のかずおくんの返しが面白かったな。
かずお:「僕たちはチョロQみたいなもんなんです。むっちゃ引っ張るから、イッチャン早く進むんです。大丈夫です」ってやつですね。
大橋:結果そのとおりだったね。準備に時間がかかった分、後半は迷いなくスピード感のある進行ができたよね。
次のページ”白抜き”のキャラクターデザインができるまで