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祝!第94回アカデミー賞 国際長編映画賞受賞!
撮影監督・四宮秀俊氏に聞く
映画「ドライブ・マイ・カー」におけるロケーションの魅力

kana Mar 29 2022

第94回アカデミー賞 国際長編映画賞受賞、カンヌ国際映画祭コンペ ティション部門正式出品、第45回日本アカデミー賞では6冠に輝き、世界的な評価に沸く映画「ドライブ・マイ・カー」。幾重にも重なり合う物語の世界、真に迫る演技、そしてすべてを丁寧にまとめあげる濱口竜介監督による渾身の演出は言うまでもないが、シネマトグラファー・四宮秀俊氏が描く画は、映画ならではの強いカタルシスをもたらしてくれる。NEWREEL.JPでは、物語が進むにつれて移り変わる街、ロケーションの魅力について四宮氏にインタビュー。東京、広島、北海道、韓国と舞台を移しながら物語はスケール感を増していく。

「ドライブ・マイ・カー」監督
濱口竜介
脚本
濱口竜介、大江崇允
音楽
石橋英子
撮影
四宮秀俊
照明
高井大樹
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『ドライブ・マイ・カー』2021/日本/1.85:1/179分/PG-12
原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大江崇允 音楽:石橋英子 撮影:四宮秀俊

ストーリー:舞台俳優であり演出家の家福悠介(西島秀俊)は、愛する妻の音(霧島れいか)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーの渡利みさき(三浦透子)と出会う。さらに、かつて音から紹介されてた俳優・高槻耕史(岡田将生)の姿をオーディションで見つけるが…。 人を愛する痛みと尊さ、信じることの難しさと強さ、生きることの苦しさと美しさ。最愛の妻を失った男が葛藤の果に辿りつく先とは。登場人物が再生へと向かう姿が観る者の魂を震わせる圧巻のラスト20分。
全国超ロングラン上映中!©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

──これまでにない”映画体験”に衝撃を受けた「ドライブ・マイ・カー」でした。語り尽くせない魅力に溢れる本作ですが、濱口監督のビジョンを画として捉えていく撮影監督を務められた四宮さんにお話を伺いたいと思います。まず前提として本作へどのようなアプローチをとられましたか?

一般的に「撮影監督」というと、撮影と照明を統括する役割ですが、今回の僕の立場はどちらかというとカメラマン、日本でいう撮影技師的なスタンスですね。撮影監督がストーリーを語るためのビジュアル面を追求していくとしたら、僕はこの映画と共に旅をしたカメラマンであり、撮りながらこの映画を理解していく、そんなアプローチだったと思います。

本作は原作である村上春樹さんの短編に、「ワーニャ伯父さん」「ゴドーを待ちながら」、濱口監督と大江さんが書かれた箇所、さらには劇中で家福悠介の妻、音が語る物語…と、だいぶ引用やメタファーが重層的に、物語が展開するものになっています。いくらでも解釈の深みに入っていけそうですが、それぞれのシーンで僕が必要以上の解釈をしなことが大事だと思いました。濱口監督がこう撮りたいものを撮ることで理解できるものがあるはずだと。監督がよくおっしゃっていたのは、「カメラはそこで起きたものを記録する装置。中心となるのは役者であり、僕たちはそこにお邪魔するだけ」ということです。本作における僕の仕事はそれに尽きるなと。そしてロケーションやロケセットにおいて芝居を撮るのにふさわしい準備をすることでした。

──ルックやトーンの方向性については、どのように決めていかれたのですか?

ロケハン時に監督とのイメージのすり合わせをしつつ、シナリオから湧いて出てきたイメージを、監督と「こんなのどうですか?」といった程度の話をしました。それに対して監督からのフィードバックを受けながら、人物に対するカメラの距離感、カメラが役者に近い臨場感のある体験的な映画なのか?もっと客観的な映画なのか?そういったことを一つひとつ紐解きながら、この映画はどういう映画なのか考えていきました。


本作にはクルマを舞台にしたシーンが多く登場する。「車内は狭いのですが、撮影時監督は出来る限りクルマに乗り、役者の側にいます。トランクに小さくなって、役者の声がちゃんと聞こえて、自分の声が役者に届く位置で。セッティングの間も役者の集中力を切らさないように、安心して芝居ができる空間を常に作ります。映画に掛ける執念に感じ入りました」(四宮氏)
©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

街ごとで違う空気の色:ロケーションの持つ魅力


大部分を広島で撮影した本作。しまなみの美しい景色が映画に奥行きを与える。撮影日数は40日強。
©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

──物語が進行するにしたがって舞台となる街も移り変わっていきます。それぞれの街の個性が魅力的に描かれていました。撮影監督として、これらのロケーションの撮影において、どのように取り組んだのでしょうか?

東京、広島、北海道、韓国と、距離のスケールが広がることによって、物語のスケールもどんどん大きくなっていきます。画面にはそれぞれの街の空気の色が反映されて、画面がより豊かになっていくような感覚を持ちながら撮影していました。

広島に出会えたのは大きかったと思っているんです。実は広島には、この撮影で初めて降り立ちました。広島と言えば個人的には「仁義なき戦い」のイメージが強くて、荒んだ街を想像していたら、いや、これホント素晴らしい場所だなと。街全体が柔らかな光に包まれている。ロケハンに行ったのが9月ぐらいで、水蒸気の量もいい具合にあって、あ~海の街に来たんだなと感じました。僕は初めて行った場所から受ける第一印象をかなり大事にします。大気を包む光の色やその場所で自分の感性がどう動いたのか、自分にとって重要なんですね。そして舞台となるこの街をどう表現できるのかっていうことを考えます。時間が許す限りその街をウロウロして、街の仕組みや、距離感を体感したい。広島のプレロケハンでは、僕は他のスタッフが来る1日前に一人で入って、自転車でぐるぐると回りました。そうするとなんとなく自分とその街の距離感が縮まって、リラックスして視野が広がって見えてくるというか。海外に行くと、よく教会や塔や高いところへ登って街を見渡したりもします。

──水蒸気の量とういのは、具体的にどういうことですか?

夏と冬の光の感じ方ってぜんぜん違いますよね。それは光の角度もありますが、水蒸気の少なくなる冬は、景色がクリアに見えたりしますね。助手時代に、大先輩の照明技師の方に「空気の色を見なさい」って言われてから意識するようにしています。広島の土地からは、その歴史的な背景を伴ってとてもピースフルな雰囲気を感じました。朝日が街や市内を流れる6本の河を照らし出す瞬間の美しさ、瀬戸内海の島々をつなぐ海道と広がりのある景色、こんな時間的にも空間的にも素晴らしいスケールを持った場所が日本にあるんだなって、想像力を刺激されました。この場所から受けた印象を映画に盛り込みたいと思ってました。天候にも恵まれて、美しいシーンになったと思います。


撮影の様子。
©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

──物語の冒頭の舞台である東京と、後半になって訪れる北海道はどのような印象でしたか?

本作で描かれる東京は、雨や冬のシーンが多いのが特徴です。朝焼けの時間だったり夜だったり、人の心の奥深くに触れてしまいそうな時間帯を強く感じたので、落ち着いた、深いトーンを心がけています。


北海道赤平市での撮影の様子。ズリ山階段としては日本一のスケールを誇り、撮影地にもこの斜面が使用されている。©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

北海道は…、風景がガラリと変わります。撮影隊も劇中で描かれるのと似た様なルートをクルマで走って移動していきました。家福とみさきが、海の無い真っ白な大地が広がる場所にやって来て、また物語が違うステージに入っていったのを強く予感させます。これまでの街とまったく違う何かを撮っている感覚でした。北海道の雪山で、家福とみさきが向き合っての芝居は、撮影中何かすごく大きなものがやってくる予感がしました。あのシーンは2日間掛けて撮影しています。初日から西島さんと三浦さん、お二人がものすごくいいお芝居していて、翌日さらにいいものを目指してまた撮りはじめました。二日目、役者2人のそして映画自体の高まりの様なものを感じ、次か次のテイクでとてつもなく素晴らしいものがやってくるのではないかと感じる瞬間がありました。そこで起こっている素晴らしいことを目の前にし、そのエネルギーをカメラで捉えていく、そんな感覚でした。人間同士って不思議だなって思わずにはいられません。もしくは僕の、ただの妄想なのかもしれませんが。

──韓国のシーンでは、一転して軽やかな雰囲気へと印象が変わりますね。

韓国のシーンは、北海道での撮影が終わってから数カ月空いてから撮っています。コロナ禍で韓国ロケができるかどうかという課題もありましたし、映画自体にそのシーンが必要かと言う議論もありました。撮影的な側面で言うと、今回の濱口映画では、手持ち撮影はほとんどありませんが、唯一の手持ちのカットが韓国のスーパーでみさきを捉えるカットです。それによって時間と場所が大きく変化したという印象を感じてもらえたのであれば嬉しいです。当初、映画の中盤部分は広島ではなく釜山での撮影を予定していました。ロケハンには行っていたのですが、コロナで実現することは叶いませんでしたが、ブルーの建物も多く海が近いためか、街全体が淡い青に包まれているんですね。釜山の街を撮ったらどうなるのかなって楽しみにしていたので、またいつか機会があるといいなと思います。

四宮秀俊さん

──撮影監督が天職だと思われますか?

天職かと問われると、そう思ったことはないですが、本当に楽しい仕事に就けたと思ってます。たぶん僕は「光」にまつわる仕事が好きなんだと思います。一度この仕事を辞めようかなって思った時があったのですが、その時照明などのインダストリアルデザインも面白そうだなって考えていました。

──この仕事をするにあたって影響を受けた映画があれば教えて下さい。

コロナになってからはほとんど映画を観てないんです。昔は年間800本くらい劇場で映画を見ていた時期もありました。その時は体に映画を染み込ませようって思っていた時で、映画の本を読み漁ったり、映画漬けの時期を何年も過ごしてましたね。そういう世界が面白かったし、そこで話されていることに強く惹かれました。影響を受けた映画は、ありすぎるのですが、中でも「ヤンヤンの夏の思い出」という台湾のエドワード・ヤン監督の映画と、青山真治監督の「EUREKA」。2000年前後の映画で、本気で映画をやろうと思ったきっかけの作品です。偶然にも「ドライブ・マイ・カー」同様、この2つとも三時間強の長尺ですね…。

──たとえば、ウォン・カー・ワイ監督とクリストファー・ドイル撮影のような、同じ監督とゴールデンコンビのような関係性をどう思いますか?

この監督とこの撮影監督の作品を観たい、っていうのはあるんですけど、僕がそうしたいのかっていうとあまり考えたことがないですね。出会いの中で素晴らしい作品と現場を作っていきたいです。

──第45回日本アカデミー賞では最優秀撮影賞の受賞、おめでとうございます。キャリアを成功に導いた秘訣を教えて下さい。

何をもって成功というのかわからないですが、いつも意識してきたことは、やりたことのイメージを具体的に思い描いて、時間を掛けて追いかけていく。その過程でどれだけ多くを吸収でき、どれだけ作ることを楽しめるかってことのような気がします。あとは話しかけやすい人になる(笑)。

──話しかけやすいというのは、「ドライブ・マイ・カー」でも語られていた”聞くこと”の大事さにも通じますね。

映画の現場には、基本的にあれやりたい、これやりたいって人たちが参加するわけじゃないですか。だから現場のコミュニケーションって複雑だし、重層的だし、難しいなと思うんですよね。話しやすい環境を作ることは、何かが上手くいっていないときに問題を発見しやすくします。モノづくりの上では重要だと思います。この作品においても濱口監督という存在が、役者やスタッフに気を配り、意思疎通の動線をとてもうまく采配していました。映画とコミュニケーションに対する、意識の高さはすごいなと思います。じゃあ、自分がどういう言葉を使ってコミュニケーションを取っていくかというのは毎作品チャレンジです。でもいい言葉を使うことによって、人の想像力が刺激されたり、パフォーマンスが良くなったりするかもしれない。映画に限らず、会社や組織でも同じだと思うのですが、一人だけの力ではたいしたものは生まれないかもしれないけれど、コミュニケーションによって引き起こされた人々の力がうまく軌道に乗ると、本当にそれはいい仕事になるし、いいモノが出来上がるんですよね。今回は本当にそれが起こった現場だったと思います。濱口監督の真摯な姿勢や、労力を惜しまない態度が僕らにも伝染して、一人ひとりがいいモノを作ろうとしたし、お互い気遣いをもって作っていけたんだと思っています。

──今後挑戦してみたいことは?

世界中で映画を撮りたいです!

──四宮さん、ありがとうございました。また、3月28日、米アカデミー賞の発表直前に開催された、濱口監督が登場する第94回アカデミー賞 国際長編映画賞のノミネート監督らによるパネルディスカッションはこちらからご覧いただけます!そして授賞式の模様はこちらから(MCも最高です)。「ドライブ・マイ・カー」に携わられたみなさま、際長編映画賞おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます!

四宮秀俊:撮影監督
大学在学中に映画美学校に入学。初等科・高等科を経て撮影助手として映画やMVなどの撮影に参加。その後カメラマンに。撮影を手掛けた主な作品に、三宅唱監督『Playback』(12)、『きみの鳥はうたえる』(18)、『ミスミソウ』(18/内藤瑛亮監督)、『さよならくちびる』(19/塩田明彦監督)、『宮本から君へ』(19/真利子哲也監督)、『佐々木、イン、マイマイン』(20/内山拓也監督)などがある。第41回・42回ヨコハマ映画祭撮影賞受賞。第45回日本アカデミー賞 最優秀撮影賞受賞。

『ドライブ・マイ・カー』
全国超ロングラン上映中!
キャスト:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか 岡田将生
原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大江崇允 音楽:石橋英子 撮影:四宮秀俊 照明:高井大樹
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント 配給:ビターズ・エンド

カンヌ国際映画祭コンペ ティション部門への正式出品、第45回日本アカデミー賞では6冠に輝き、米アカデミー賞では4部門でノミネートを果たす。圧倒的な脚本力と豊かな映画表現で、人間がもつ多面性や複雑な感情をあぶりだす濱口監督は、原作の精神を受け継ぎながら、「ワーニャ伯 父さん」、「ゴドーを待ちながら」という時代を超えて愛されてきた演劇要素を大胆に取り入れ、ストーリーと映画内演劇が呼応しあう驚異的な物語を紡ぎ出した。

公式サイト:dmc.bitters.co.jp
Twitter:@drivemycar_mv
Facebook:@drivemycar.mv
Instagram:@drivemycar_mv

bykana

NEWREELの編集者。コツコツと原稿を書く。

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