dir: Tao Tajima, story/ani: Yoko Kuno
──久野遥子さんとCuusheといえば、2013年に久野さんが卒業制作で作られた「Airy Me」の衝撃がいまだに脳裏に焼き付いている人も多いかと思います。多摩美を卒業後は岩井俊二のロックウェルアイズに所属されていたそうですね。
2年ほど、ロックウェルズアイズで「花とアリス殺人事件」のアニメーションをお手伝いしていました。現在はフリーランスでイラスト、映像、マンガなどを作っています。基本的に商業的な仕事がメインで、日々依頼に応える作品制作をしています。そういう意味ではこのMV「Magic」は、作家としての仕事と商業的な仕事の中間に位置していて、とても楽しく制作できました。
──小説のカバーなどイラストやマンガ家としての活動もされていらっしゃいます。イノセントさと残酷さが混ざりあう作品群に魅了されます。
先日納品した表紙イラストは「人物を印象的に描いて欲しい」というリクエストでした。私は人物を描くとき、丸っこいシルエットになっちゃいがちなので、「大人っぽくして下さい」ってリクエストをもらったりします。ルミネのCMでも、対象年齢を意識して、幼くなりすぎないように気をつけていたんですが、やっぱり自分の絵は顔を丸く描いてしまうので、そうなってしまいましたね。そういうのが好きみたいです。
加藤シゲアキの書籍「オルタネート」のカバーイラスト。
──Cuusheの最新アルバム「WAKEN」のアルバムカバーもイラストを提供されていたり、長く創作活動を一緒にされていらっしゃいます。MVでアニメーションで参加することも前提だったんでしょうか?
アルバムのアートワークはMVよりも1年位前に描いていて。それとは別で田島さんとCuusheさんの間で、MVを作りましょうという話を前からしていたそうです。田島さんが企画を進める中、アニメーションを実写にのせた表現にしたい、という流れで話をいただきました。田島さんがテレビアニメ「さらざんまい」(幾原邦彦監督)のエンディングを作ったときに、実写とアニメをミックスした作り方が面白かったそうで、このMVもそのスタイルをさらに追求してみたかったようです。私も「さらざんまい」のEDはもちろん知っていました。アニメと実写の掛け合わせって昔からありますが、あのEDは現実世界でのキャラクターの実在感の出し方が、今までにない印象で、面白い~って思ってました。実写と掛け合わせた作品を私自身作ったことがなかったので、これは一緒にやらせてもらえるなら、ぜったいに楽しいぞ!って。
シスターフッド x チベットの伝説で紡ぐストーリー
4、5年の付き合いになるという田島監督とCuushe。「Cuusheの久々の復帰アルバム「WAKEN」は、”目覚め”という意味。ですからこのMVも根底にあるテーマは、復帰とか帰還。時間が止まった世界からの脱却を描こうと思いました」(田島監督)
──監督を田島さんが務められ、アニメーションパートを久野さんが担当されています。どう進めていったんでしょうか?例えばストーリーは2人の間でどう開発していったのか?
はじめに、田島さんが「チベットで撮ってきた映像がある」とおっしゃいまして、その映像を使いたいということでした。その映像を田島さんが音楽に合わせて、カットを割って編集したものが、ブリザードの景色から始まって、山を降りるにしたがって雪が消えていくものでした。この映像と「女の子が山を降りていき雪解けした場所にたどり着く」というアイデアをもらいました。ちょうど、この完成したMVのアニメーション部分がのっていない実写だけのフッテージですね。それをお題に、ストーリーを考えてキャラクターを動かしていきました。
久野 遥子|アニメーション作家/イラストレーター/マンガ家。1990年生まれ。2013年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、映像、イラストレーション、漫画を中心に制作活動に励む。近作に、映画「クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者」のポスタービジュアル、コンセプトデザインやTVアニメ「BEASTARS」での特殊パートアニメ、ルミネカード10%オフキャンペーン CMとポスタービジュアルなど多数。
──雄大な景色ですよね。女の子が山を降りていく中で様々な出来事がおこっています。山を降りる時間軸の中にも関わらず、時空を超える感覚というか、スケール感がありました。
そういう風に捉えてもらって光栄です。広い話にしたいなと思っていたんです。雄大なチベットの風景に負けないように。
一方で、ストーリーはなるべくCuusheさんの歌詞に素直に沿うようにしています。ベースに流れているのは「束縛」。実はこの曲は、もともとのタイトルが女性の名前でした。その女性に対して話しかけるような歌なんです。恋人との関係に苦しんでいる友達に向けて、そんな彼なんて捨てて私とどこかにこうよ、と歌っています。シスターフッドというか、女の子同士のつながりの歌だということを意識して物語を作っていきました。あとは、楽曲からはシティな感じを受けたのですが、例えば夜の街を走っているようなイメージでしたが、真逆のチベットの景色が来た。この世界でどうシスターフッドを描こうかと考えていきました。
田島監督が飛行機から撮影した景色。「ロケーションには悩みました。リリックが都会的なので東京を舞台に作ろうかとも思ったんですが、過去にやっている。もっと飛躍したところを考えていた時、2019年にチベットにプライベート旅行で偶然に撮れた映像を思い出しました。カイラス山での吹雪です。ここから女の子が旅立っていく話はどうだろうと。着想のベースには、宮崎駿の絵本「シュナの旅」があります」(田島監督)
──動物などもたくさん登場し「大自然」を感じる世界観を、シスターフッドとつなげるヒントになったものがあれば教えて下さい。
田島監督からもらったチベットの民話集がヒントになりました。小さなお話が沢山入っているものです。「別に参考にしなくていいです」とのことだったのですが、渡されるとやっぱり参考にしたくなる(笑)。チベットには鳥葬の慣わしがあって、死者を天におくるとされていますが、民話集に、天国に視察に行くために、鳥に紐をつけて飛んでいき、天国にいたきれいな女性を連れて帰るという話がありました。それをヒントに「天国に連れていこうとする鳥」に、みんなが縛れているという設定を考えました。連れて行かれるということは、楽になれるけど、死んでしまうことを意味するわけです。後半には鳥に連れらていく少女がどんどん出てきます。
──動物と融合するような表現に込めた意味は?
チベット民話には、動物がたくさん登場するんですね。動物同士が騙した騙されたっていう話がすごくありまして。虎や象の話が出てきます。チベットに虎っているのかな?どこかから伝わってきた民話かもしれませんね。それはさておき、動物たちは獰猛で、なかなか残酷な展開が多くて。獅子も出てくるんです。素朴だけど、あんまり優しくない物語が多い。そういうところから、この世にいたくなくさせる存在として動物を描きました。でも動物は幽体なので、女の子たちを殺すことはできません。通り抜けてしまうんですね。気持ちの上でだけの障害になっている存在なんです。生きるのも辛い、天国に行くのも楽にはなれるかもしれないけど、求めていることではない。どっちも辛い。
──仏教的思想を感じますね。シスターフッドとチベットがそうつながったんですね!クライマックスに二人の少女が出会います。
この物語は二部構成にしています。山中の話と、山から先のお話です。
山の中で「女の子」は鳥に打ち勝つけれど毒をくらい、化け物のようになってしまいます。というのが第一部。鳥に囚われた少女は、実は山だけではなく他の世界にも存在しています。それらの少女の元に「女の子」が向かっていくというのが第二部。第二部で「女の子」がやっているのは、破壊行為だけです。
──野暮な質問ですが…クライマックスの二人の少女の出会いは悲劇なのでしょうか?救いなのでしょうか?
山から来た「女の子」は化け物になってしまっているので、どちらかなのか…。助けに来たのか、食べに来たのか…??(笑)。
実写とアニメーションの作業フローが逆転した挑戦
田島監督のお気に入りのカット。「実写の実存感を担保しつつ、久野さんの絵の良さをどれだけ生かすかバランスを意識して、コンポジットしていました」(田島監督)
──実写のカメラワークにあわせて、アニメーションを作っていく過程はどんな体験でしたか?
今回は、通常のアニメーション制作と違って、背景とキャラクターの制作順序が逆の流れで作っています。だいたいはキャラクターの動きが先にあって、その上で背景を作るケースが多いです。
田島さんから頂いた実写背景のカット割りは、アニメキャラが存在していなくても曲にあっていて、すでに感動がそこにありました。この構成は間違っていないから、それに合う絵を乗っけながらVコンに落とし込んでいきました。実写の背景の上に、まだ動いてないラフの絵をおいていく作業です。特に苦労もなく進めることができました。
──実際の作画の段階においてチャレンジだったことはありますか?
田島さんが気を使ってくれて、アニメーションでカットを割りをしすぎると大変になるんじゃないかと、ワンカットを長めに作ってくれました。なんですが、アニメにとっては、結構長い尺なんです(笑)!ワンカットが7秒~10秒平均なんですが、商業アニメーションだとその半分くらいが多い。そこがちょっとしんどかった(笑)。尺が短いと、キャラクターが動きが少なくても成立するから効率化が図れるテクニックがあるんですね。ウソが付きやすいというか。一方、カットを割ってないと動かざるをえない。
──演出的な側面ではどうでしょう?
やっぱり風景が主役のビデオなので、人物を引きで描いてキャラクターを小さめにしています。感情をダイレクトに伝えられる寄りのカットが、全体で3、4カットだけなので絵的には気を使いました。
あとは、動物ですね。「Magic」には動物がたくさん出てきます。前半はリアルな動きを求められるので、そこには気をつけました。これまで、動物がこんなに登場するビデオは作ったことがなかったし、カットも長いので逃げられず、まじめに向かい合うしかなかったです。ついつい、動物のアニメーションは後回しにしていましたが…。
──楽曲にマッチしている、この浮遊感の作り方の秘訣は?
自然とそうなってしまう…のが大きいんですが。アニメーションは独学なので、あんまりロジックでやっていなんです。人間の動きとか、振り向きや走りとかは、実写で撮影して描いたりしています。虎の動きは飼っている猫をおもちゃで誘導しながら撮影していきました。動物が変わると、動きの秩序も変わるので、そこはがんばりました。動物たちが眠っているときはかわいらしく、崩れていく時は切ない感じを狙ってアニメーション作っていきました。
──アニメーションを付けていく作業は独りでやられているのですか?それともチーム制ですか?
ケースバイケースですが、今回はお手伝いしてもらっています。原画を私が描いて、中を割る動画作業を3名のスタッフに、色塗りで4名のスタッフに手伝ってもらっています。メンバーはプロジェクトごとに変わることが多いですが、After Effectsでの撮影はいつも飯塚智香さんにお願いしています。最近はほとんどの作品制作ではいっていただいているのですが、毎回おもしろい撮影処理を作ってくださいます。このMVでは、キャラクターにテクスチャーを入れてもらったり、田島さんに渡すファイルを使いやすく整理してもらったりもしています。
──制作ではどこまでをデジタルにしているんですか?
今回は実写背景と合成する前提だったので、ほぼデジタルです。アナログの箇所は、キャラクターにのっているテクスチャーだけ。髪の毛の中がザワザワしているような部分だけ描いています。実写にアナログをキレイに乗せるのって難しかったりするんです。線と紙の隙間のラインが出てしまったり。それに加えて、コロナ禍でスタッフを家に呼ぶこともできない。実際の合成や馴染せは、田島監督がカット単位でフレームレートを整理し、ブラーを掛けたりと、すばらしい形に仕上げいらっしゃいます。
このシーンでうねる動きを付け浮遊感を出すアニメーションを加えた田島監督。作画アニメーションと揃えるために最終的に1秒間に8枚の絵で進むようにフレームレートの整合性をとっている。
作家性とかそういうものについてどう考えてますか?
dir: Yoko Kuho ルミネカード CM。映像メディアだけでなく、ポスターなども手掛ける久野遥子さん。
──アニメーションって個性というか手くせが出やすいと思うのですが、自分のオリジナリティについてどう分析していますか?
作家性って自分がうまくできないところが作家性って言われるのかなって思うんです。自分的にはうまくいってない部分が、他人からみたら作家性としてひっかかる。下手のままでいられる部分が、その人だけの部分じゃないのかなって考えるようになりました。自分の限界にぶち当たったら、そこが自分の作家性だと思うようにしています。独学でアニメーションをやってきて、ムダもあれば相場と違う動きをしてたりもあると思うんですが、無理に直して、「下手から個性の無い下手」にしかならないんなら、残しておいたほうがいいかって風に考えるんです。商業作品に関わる度に、「あ~変なことをしてるんだろうな」って。もしくは、ズレにさえも気がついていないか(笑)。
──Cuusheさんとは長くコラボレーションが続いてますね。どういうところに惹かれ合っているんでしょう?
Cuusheさんの曲って、ちょっと現実離れした感じがどこかにあってアニメーションとすごく相性がいいんです。アニメーションが先にあってCuusheさんに後から曲を依頼するパターンもあるのですが、どちらのケースでもうまくいく。今回のMVはどちらかというと現実寄りですが、エアリーなところがアニメと合わせたときにどちらもが引き立ち合うと感じてます。
──今後やっていきたいことはありますか?
色々やらせてもらっていて楽しいんですけど、短い尺の映像が多いので、長いものに挑戦したいです。商業作品でも、個人的なものでも、長いお話の作品をやりたいなって思っています。
──温めている企画があるんですか?
ありがたいことに、いくつか企画をいただいています。自分からは出てこないような企画を提案いただくことは、思ってもいない引き出しを見つけられて、とても刺激になりますね。私はどちらかと言うと、出たとこ勝負のタイプなので、ありがたさもひとしおです。
年末企画:久野遥子と田島太雄による
今年観たおすすめ映画/ドラマ/その他
久野遥子
映画「地獄の黙示録」:40年ぶりにHDでリマスターされたファイナルカット版を劇場で見て以来、ずっと脳内は「地獄の黙示録」。今も、私は脳内でベトナムの川を流れています。
マンガ「青野君に触りたいからしにたい」:マンガとしての幽霊表現が私の中でアップデートされた作品です。ラブストーリーとホラーがめちゃ両立しているマンガです。
田島太雄
映画「虚空門 GATE」
未確認飛行物体云々というよりも、信仰心の尊さが見えてくる映画なのかなぁ、と納得しかかったところで別の方角から球が飛んできて頭をかかえる映画。
ゲーム「Hollow Knight」
”環境ストーリーテリング”というゲーム用語があるらしいのですが、これも語るよりも“探索”を深めることで何かが見えてくるゲームでした。好きなタイプのゲーム演出です。