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町田洋によるエッセイマンガをアニメーション化
「忘れたフリをして」のクリエイターインタビュー

kana Sep 11 2020
左から)大川原亮(アニメーション監督)、三上太朗(CEKAIプロデューサー)、村井智(総合演出/音楽)

大阪にある、船場センタービルの50周年を記念する短編アニメーション「忘れたフリをして」が公開された。原作は町田洋によるエッセイマンガ「船場センタービルの漫画」。うつ病という重いテーマで始まる本編は、センタービルの歴史とパーソナルな思い出を交錯させながら、そこはかとない癒やしをもたらす。制作を手掛けた、総合演出・音楽の村井智氏、アニメーション監督の大川原亮氏、プロデューサーの三上太朗氏が語る制作秘話。

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大川原亮
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村井智
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三上太朗(CEKAI)
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CALF
voice/song
コムアイ(水曜日のカンパネラ)
原作マンガ
「船場センタービルの漫画」町田洋
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そもそも、うつをテーマにした
マンガ原作が生まれたのはなぜ?

──映像制作や広告業界にいる方なら、この考えが頭をよぎったと思うのですが、広告であるマンガや映像で「うつ」というテーマをもってくることに、どんな想いや挑戦がありましたか?

三上太朗(三上):町田さんが、最初の段階で、うつ以外のテーマでは描かないって意思がはっきりしていました。町田さんは自分のファンのためにマンガを描いているのであり、どういう形であれお金をもらって何かのために描くっていうことは、広告マンガなんだってことをおっしゃっていて。

村井:「うつ病xマンガx広告」って出来ないでしょって、原作のマンガでも突き放す感じからはじまりますね。ところが受け入れたあと、徐々に自分が言いたかったことが、船場センタービルを舞台に自然に展開していく。

三上:そこに行ってみたら、気付きがあった。

──50年の歴史を持つ船場センタービルと、パーソナルなストーリーが共感性高く上手く絡んでいっているのが、偶然の産物なのか、マンガ家とはそういう技術をもったアーティストなのか…と息を呑みました。

三上:お話を作れるというのが、まずすごい、マンガ家ってすごいですよね。例えば、昔の写真を見ているシーンで、湖畔に立つ女性の写真、あれも実際にあったかどうかわからないんですけど、話としてすごく効いていたり。

──フェミニズム運動、Black Lives Matter、コロナのパンデミック…今の世の中だからこそ、特に感じちゃうのかもしれませんが、町田さんもそういった社会に対する意見を強くもっていらっしゃるのかな?とも想像しました。

三上:そうですね。それは確実にあって、声優のコムアイさんも同様です。偶然とは言え、結果として必然的なチーム編成になったんだなと思います。

声優に迎えたコムアイ
主人公に女性をあてた理由

セリフの収録現場より。主人公を演じるコムアイ。
──声優にコムアイを抜擢されていますが、どのような演出意図がありましたか?

三上:町田さんから「ナレーションは男性がいい」と言われていましたが、僕と村井くんの間では、この作品に横たわる中性的な視点を、動画になった時にも上手く活かしたいと思っていて。何人かの男女の候補者がいるなかで、声をきいてみて、やっぱりコムアイさんが適役だと思ったんですね。

村井:男性だと絵と相まって、おじさんになってしまうんですよ。

──結果、違和感を感じないミラクルな相乗効果が生まれましたね。

村井:コムアイさんは音楽だけでなくて、ヒューマンライツにも関心の高い方なので「このテーマはやる意味があるね!」とすごく燃えてくれていました。自宅でキャラ分けしたセリフを収録して提案してくれたり。「一人芝居をやってくれ」、「歌ってくれ」という制作側の思いつきに「面白いね!」と前のめりで乗っかってくれたおかげで、クオリティも上がりました。

三上:しかも、町田さんがコムアイさんのファンだったり(笑)。最終的にすごく喜んでくれました。

シビアなドキュメンタリーの中に、
ファンタジーをいれたい

───マンガ原作をアニメーション化するときに、コマの扱いをはじめどういうところに意識的になりましたか?

三上:町田さんのマンガのコマ割りは、見開きの迫力が特に印象的です。すごいパンチ力がありますよね。

大川原:コマの扱いは難しかったところで、正方形や縦長のコマが当然マンガにはありますよね。映像は16:9が基本なんで、だいぶ余白が…。町田さんの絵って空白が多いので…、というか、描かないことで空間が生まれていると言ったほうがいいかな。そういうところも、大事にしたかったので、頭を悩ませていたんですが、実際にレイアウトしてみると、町田さんのコマって完成度が高いんです。ぽんってレイアウトしたらキマっている…。

村井:現実世界の描写はマンガのコマを使ってトリミングをして、相対的に紙や髪や花が舞うクライマックスは、コマを出て広がっていく感じを印象付ける工夫をしてます。

大川原:アニメーションってファンタジーというか、魔法みたいなところがあるんですよね。そこが実写との大きな違いだと思うんですけど。この原作がドキュメンタリーだとして、すごくシビアでリアルなドキュメンタリーに、ファンタジーを入れたいと考えていました。アニメーションならではの楽しみを入れたかったんです。女性の写真を見たときに、時空を越えてその時に没入していく場面とか。

──確かに非現実のシーンになると、色がカラフルになって別世界が展開されます。この作品ですごく気持ちよくなる場面のひとつです。

大川原:夢に入っていくベットのシーンもアニメーション的。

──そういえば、夢のシーンは原作では後半に一度でてきただけですが、アニメーションでは冒頭と二度登場させていますね。

村井:この映像が何の話かを匂わせようという狙いです。いきなり、ビルの漫画を書くことになりましたって言っても、動画だと再生を止められかねない。「そのビルの話は興味ないかも?」と言って。

──広告がはじまったぞ、と構えちゃう。

村井:そう。原作でフックになるところがいくつかあると思うんです。エレベーター前が海になっていく空想シーンや船着き場で船場ビル由来の物語が語られるシーン、世界の真実がわかるという夢のトランスシーン、最後の「みんな幸せになってくれ」という場面。そのうちのどれかを冒頭で感じたい。こういう話だよってジャブを放っておきたい。町田さんの言う「世界の真実」ってなんだろう、ってオチにむけての助走をつけたいなって。アートディレクターの松島遥奈(電通関西)さんには怖くならないように気を付けたいっていわれましたけど…(笑)。

──「世界の真実」って言われたら知りたくなりますね。ちなみに、大川原さんにおける「アニメーションの真実」って何でしょう?

大川原:そうですね、昔から「最小細部を描くと生命が生まれる」ってことを大事にしています。大学院生のとき、講演に来たユーリ・ノルシュテインの言葉なんですが、本当にそうだなって。生活動作の最小細部を描くことで、キャラクターに生命が吹き込まれる、そういう部分を信じているんです。この映像だと、コンピュータを打つ指や、靴をトントンするところ、そういう小さな動きでそのキャラクターが生き物になるんじゃないかと感じています。

海を感じるウェットなピアノ曲で
途中で短編アニメの世界に立ち寄らせる

夢に落ちていくベットのシーン

──村井さんは普段映像演出をしながら、音楽活動もされている。このプロジェクトでは音楽制作も担当されていますね。両方をわかっているからこその着眼点みたいなものはありますか?

村井:映像の音楽を作るときに、やっぱり僕、映像が好きなんで、邪魔したくないんです。自分はこういう音楽家だっていうエゴが出ないように気をつけています。このアニメーションに関しては、動画と同様、短編アニメーションと実写の中間を狙って作曲しています。具体的に言うと、海になる空想シーンは、めちゃくちゃ短編アニメっぽい音楽を当てようと思い、そうなると…絶対ピアノ曲でしょ? 作曲家の山本享平くんに「海見てる時、頭に流れるやつ!」とイメージ伝えて弾いてもらいました。

あのトーンのピアノ曲で、片足をいわゆる短編アニメにつっこみつつも、帰って来れるように、終わりの曲はめちゃくちゃポップに。途中で短編アニメに立ち寄れる雰囲気を、音楽でつくりたいと思ったんですね。それで言うと、序盤のタイトルが入る箇所も、インディペンデントな短編アニメーションで流れる感じを出せたらなと。

大川原:あるある、そういうジャンルあるね(笑)。もしかして、皮肉ってる(笑)?

村井:いやいや(笑)。みんながあれをやるっていうことは、一種の効果があるからなんですよ。その効果っていうのは空想とか思い浮かべるときの気持ちというか。そこは例えば、高木正勝さんの哀愁や郷愁あるピアノじゃなくて、ショパンとか重い湿度のある響きのピアノ曲が流れる、ウェットな雰囲気。偏見なんですが。

大川原:それはあるよね、ウェットな雰囲気。

村井:最後の曲は、僕の気持ち的には高木正勝さん寄り。高木正勝さんにこんな曲ないですけど。言っておきますが、ものすごく好きです、高木正勝さん。それで、ラストで哀愁や郷愁を感じるところにオチていく構成。

大川原:でないと、鬱々になる可能性がありますから…。

村井:そう、最後にショパンが流れちゃうと重く暗い気持ちになるんで、ポップソングの枠に入っている曲で終わりたい。寄り道するところは、海を感じるウェットなピアノ曲でね。

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