焦燥感、スピード感、無敵感に次世代感。
グリッチの世界で渾然一体に
バグとグリッチ表現が演出のコアとなった「戸惑いテレパシー」。
あらすじ:花譜のスマートフォンに突然通知が鳴り響く。最近話題のVRレースゲームの招待だった。心躍らせながら花譜は自宅に戻ると、ゲームの世界をVRゴーグルで覗く。そこには”次世代インターネットの世界”を舞台したレース場が広がっていた。アバターを選ぶと花譜はゲームの世界に没入していく。
──「戸惑いテレパシー」のMVを演出するにあたって、このアイデアにたどり着くまでの背景を教えて下さい。
柊キライのリミックスによる、原曲にはない中毒性というか「依存」のイメージと、花譜の「焦燥感」を想起させる歌唱を、ビジュアルで汲み取りたいと考えました。ポイントとなるのはバグとグリッチの表現。楽曲に、虫の羽音のような音が要所にインサートされているんですね。それをSNSでいう「バズ」とリンクさせると面白いかと思いつきました。羽音に合わせてグリッチがゲーム画面に発生すると、オーバーラップするようにハエのマスコットキャラクターが映し出されるという設定にし、視聴者に「SNSをテーマにしてるな」ってことを暗に示しています。
──これまでもゲームをモチーフにした映像作品が多い大橋さんですが、ゲーム的な表現においての見どころは、どんなところでしょう。
映像の中で二種類の視点を意識的に使っています。一つがレースシーンで、主にSNSのインターネット空間のユーザーを、レースをしている花譜の視点と掛け合わせ「一人称視点」で没入感をテーマに描きました。もう一つが、VRゴーグルを着けていないときの花譜を追う、第三者としての視点です。
──視点の切り分けで、視聴者の感情スイッチをON/OFF操作する効果もありそうですね。
実はゲームを引用しているシーンは、「なりたい自分になれる、願望を叶える時間」という、裏設定があって。劇中の花譜は5Gの力を手に入れてパワーアップし、形勢逆転して1位でゴールしたかのように見えます。それはテクノロジーの進歩が、自分に何か大きな変化を与えてくれるかも、という期待感を描いたものなんです。グリッチが増大していく終盤のレースシーンは、パワーアップしたことで興奮状態になり視野が狭くなった精神状態を表現しているんです。
AEを駆使!仮想空間の
表現に使用したツールたち
コマ割りにブラウザを使った演出
──次世代感の演出で、決め手となったひらめきがあれば教えて下さい。
花譜のファンが若年層が多いと聞いていたので、マンガのコマ割りを使い、ストーリー性をハッキリ汲み取れるMVにしようと考えていました。なんですが、コマ割りを使うと、音楽のもつ「気持ちよさ」とかMVらしい「ファッション性」が置き去りになりがちで、そうなると野暮ったくなるリスクもある。そこで、コマ割りをWebブラウザにすることで、花譜の身に起きる出来事を、デスクトップ画面経由で客観的に語ることが出来るんじゃないかと、ひらめきました。
ストーリーに関しては、かなり細かく絵コンテに落とし込みました。よかったのは、イラストレーターを担当してくれた丸紅茜さんが、作品のテーマを汲み取ったイラストを描いてくれたり、グラフィックデザイナーのサワイシンゴ君が絵コンテを見終わった後に「間違いなく大変そうだけど、完成したらきっとすごいMVになる」と言ってくれ、自分の演出に、ついて来てくれる意思表明を感じることができたのが、うれしかったです。絵コンテは作品の方向性を示す以外にも、現場の士気がこんなにも左右されるんだなと痛感しました。
ちなみに、初めてiPad Proを使って絵コンテを描いています。いいですね。そのままPremiereに取り込んでビデオコンテを並行して作ることができるから、作業にスピード感が生まれて気持ちよかったです。
大橋氏による絵コンテの一部
──使用ツールについても聞かせてください。メインで使ってたのはAfter Effectsですか?
はい。AE CC2019をベースに、バグったゲーム画面を作るのにはプラグインを使っています。レース中に登場する機体(アバター)の、ホイール跡のストロークを「L3tt3rM4pp3r」というテキストアートを再現するプラグインを使用しました。事前にPhotoshopでテキストのpngデータ(劇中では”不可解”という文字)を用意し、その画像をマテリアルに指定し、シェイプレイヤーでホイール跡のアニメーションを作っています。
プラグイン「L3tt3rM4pp3r」を使って制作したホイール跡のストローク。
ほかには、背景のグラフィックに「RetroDither」というフィルター系のプラグインを使用しています。gifアニメを作る際に生まれる「ディザリング」を再現してくれます。Web1.0を想起するイメージや、アシッドグラフィックを思わせるシーンで使用しています。
プラグイン「RetroDither」でアシッドグラフィック的演出
──AEの「ディスプレイスメントマップ」という機能を使って、アバターのブラーの表現にもこだわったそうですね。詳しく教えて下さい。
「ディプレイスメントマップ」は、擬似的なデータモッシュを再現する際に使われることが多いエフェクトです。今回はレースシーンで、モーションブラーのような「ブレ」の表現で使いました。「モーションブラー」という機能は、動画撮影において、速いい動きをする被写体に(カメラの)シャッタースピードが追いつけず「ブレが生じる」ことがありますが、その仕組みを再現したものです。
劇中のレースシーンは、次世代インターネットのデジタル空間をイメージしているので、現実とは違ったルックにしたいんですね。普通にモーションブラーを使うと、ビットマップ感(デジタル感)が薄れてしまい、アートディレクションの辻褄が合わなくなってしまいます。そこで、「ディスプレイスメントマップ」を使って、マンガの効果線をイメージした射線状のエフェクトを加えることで、モーションブラーを使ったようなスピード感と、デジタル空間らしいルックの共存の両立を実現しました。
「WipEout」や「スピード・レーサー」に
影響を受けたアートディレクション
──このMVの世界観を大きく支えているアートディレクションですが、デザイナーズ・リパブリックのデザインによるゲーム「WipEout」など参考されたそうですね。
構想中からこのMVは、半分以上がレースシーンになると予想していました。サーキットを走るモチーフを、マシンではなくアバターにしようと思っていたので、キャラクター感の強いグラフィックと、「未来の通信規格のイメージ」というフューチャー感のあるグラフィックを掛け合わせたものを想定したとき、デザイナーズ・リパブリックのようなキッチュさと、かっこよさを兼ね備えたUIのデザインが理想的だなと。また花譜の主戦場となるV界隈では、「VRゴーグル」のモチーフに馴染みがあるので、VRでも遊べるようになった「WipEout」をリファレンスにしようと考えました。他にも「マッハGoGoGo」のハリウッドリメイクされた映画「スピード・レーサー」(2008年/監督:ラナ・ウォシャウスキー
リリー・ウォシャウスキー)も参考にしていて、ヘアピンカーブする瞬間にドリーズームすると、サーキットが湾曲するところなど影響を受けています。
──ほかにもアートディレクションにおけるこだわりがたくさん詰まってそうですね。
背景に浮かぶホログラムのようなグラフィックにはそれぞれ意味があります。
まずスタート地点に登場する、ハエのようなキャラクターは、このレースゲームのマスコットキャラクターです。名前は「バズ夫」と「バズ美」。オリンピックのような大きな興行にはマスコットキャラクターがつきものですよね。サーキット会場に浮遊するグラフィックは、主催者や協賛企業のロゴ、5Gやクッ◯パッド広告などですが、SNSのタイムラインをイメージしています。グラフィックデザイナーのサワイ君にグラフィック周り一式を作ってもらいました。
ホログラム(実体のない立体映像)のグラフィックをレイアウトは難しかったです。バーチャル空間のポップさを表現するために、グラフィックの主張は強めです。それに負けないように、肝心のレースに視線が向くように整えていくことがとても大変でした。バーチャル空間らしさを表現するために、背景にわずかに溶け込むような表現をしていますが、不透明度で調整をするのではなく、事前に作り込んだグラフィックを3Dレイヤーに適応し、コピペして2枚重ねた状態から、「ブラインドワイプ」を使い、半透明に見えるように処理しました。それによって、サーキットを走るアバターと差別化でき、ホログラムっぽく見えるようになったと思います。
「ブラインドワイプ」で、ホログラム化するマスコットキャラクターのバズ夫。
監督がSNSに感じている息苦しさも
反映されたエンディング
ラストの直線コースに込められた裏設定とは!?
──冒頭でおっしゃっていた「テクノロジーがなりたい自分に進化させてくれる」というのとリンクして、ツールのテクノロジーがこのMVを進化させた、とも感じました。
ええ。ただ、そんないい話ばかりではなくて(笑)、ラストシーンで、花譜が1位になったゴールカットのあとワイプを抜けると、5Gの力で変身した花譜は通常の衣装に戻っていて、あれだけ賑わっていたサーキット会場も閑散とします。そこに残っているのはマスコットキャラクターと、永遠に続く一本道。つまり、5Gの力でパワーアップしていたのは彼女の妄想で、実は周回遅れのままゴールしていた。彼女がゴールした時点で、みんなはすでにレースに興味を失っている、とも解釈できる…。
──切ないですね。カンタンにハッピーエンドでは終わらせない、この展開はどこからきているのでしょう?
自分自身の「焦燥感」が、この結末に反映されているのかもしれません。テクノロジーの進歩で、間違いなく自分たちの暮らしは便利になりました。でも、SNS社会では、常に誰かの視線を気にしながらも、SNSを使わざるを得ない息苦しさを私は感じています。他者の視線を意識すればするほど、承認欲求は駆り立てられ、クリエイティブが消費されるスピードは早まっていくようで、自分が作っているものが誰にも見てもらえないんじゃないかと焦燥感に苛まれる。だけれど、どんなに苦しくても一度乗ったレース(SNS)からは降りられないのです。ずーっと先の見えないサーキットを、走り続けなければいけないのかと思う絶望感や、当時自分がSNSに感じてた息苦しさを、投影したラストシーンなんです。
大橋史 | アニメーションディレクター
オーディオビジュアル、言葉、文字、図形譜をテーマにCGの有限性・限界線を意識したアニメーション表現の研究と作品を発表し、国内外のデザインカルチャー誌や映像祭で紹介、上映されている。近作には、花譜 MV「戸惑いテレパシー(柊キライRemix)」、DAOKOのMV「ぼく」、米津玄師「春雷」コンサート映像演出(アーティストQueHouxoとの共同演出)など。マネージメントはdep Management。