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Reel

ほぼ中国武術だけで表現された
FKAツイッグスとヒロ・ムライのコラボMV「Sad Day」

金井哲夫 金井哲夫 Sep 28 2020

「今日も悲しい日に決まってる……」そんな悲観的な歌詞の世界を中国武術のバトルで表現したFKAツイッグスのMV。監督はあのチャイルディッシュ・ガンビーノの「This Is America」で話題となったヒロ・ムライ。後半に登場するFKAツイッグスの“縦割り姿”も必見。

dir
Hiro Murai
prod co
Doomsday Entertainment
VFX
MPC LA
DoP
Larkin Seiple
colorist
Ricky Gausis
cast
Teake
m
FKA Twigs
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FKAツイッグスは、去年リリースしたアルバムに収録されている「Sad Day」のMVを、ヒロ・ムライ監督と制作。これまたかなり意欲的な作品になっている。

ヒロ・ムライは、日本で生まれロサンゼルスで育った映像監督。フライング・ロータスの「Never Catch Me」や、日本でも大変に話題になったチャイルディッシュ・ガンビーノの「This Is America」など、意味深長な作品で知られている。

「どんなに振り返っても、窓から見える光景はいつも同じ。今日も悲しい日に決まってる。私の果実を味わって、見えている私を抱く……。見えないところに賭けてみて、自分の中身に願いをかけて……」という歌を、ウーシュー(中国武術)の激しい殺陣で表現しようとしている。どういうこと?

ムライ監督は、Little Black Bookのインタビューで、FKAツイッグスは最初から男性の敵役(FKAツイッグス自身がSNSでキャスティングしたダンサーのティーク)とのウーシューバトルという構想を持っていて、殺陣だけでどこまで物語を伝えられるかを試すというアプローチで挑んだと話している。そう聞くと、にわかには理解できないまでも、なんとなく気持ちが伝わってくる。これは、何度も繰り返して味わううちに、だんだん見えてくるタイプのMVだな。

それにしてもFKAツイッグスの殺陣はみごとだ。動作がじつに美しい。プレスリリースで彼女は、「これまでトレーニングとダンスで自分の体を鍛えてきたすべてのことが、ここに集結した」と話している。中国武術に関しては、ロサンゼルスにある少林ウーシューセンターで3年間修行も重ねてきた。なので、FKAツイッグスの殺陣はすべてスタントなしのホンモノ。こんなことができるアーティストは他にいない。そういえば、CellophaneのMVでのポールダンスもそうだった。「まるでランボルギーニのキーをもらったみたいな気分」だったとムライ監督は興奮したという。

ロケ地は、深夜にワイヤーアクションの機材を設置して撮影できる場所を探して行き着いた、イギリスはノースロンドンのニュー・オーシャンズ・バーという場末のさえない店だった。ムライ監督はそこを、「深夜、酒に酔った男女が店を出たところで口論をしているような場所」と感じた。

これまでムライ監督は、以前から撮影監督のラーキン・シープルとカラーリストのリッキー・ゴーシストといっしょに、日常とファンタジーの世界の中間に浮かぶ感じの色合いを作り出してきた。これまでは非常にドライな感じでやってきたのだが、今回は「官能的または霞のかかった」感じに方向を切り替えたという。これは、木村拓哉が出演した映画「2046」で日本でも注目されたウォン・カーウァイ監督の作品にヒントを得ている。「なぜなら、それをいちばん上手くやっている」人だからだ。

2人が空中を浮遊しながら戦うシーンは、ウーシュー映画の表現手法や動きを現実の街で再現することに主眼があった。具体的には、2000年公開の映画「グリーン・デスティニー」がヒントになっているとムライ監督は話している。戦う2人がいとも軽々と跳び上がるワイヤーアクションシーンでは、10人のスタッフがロープに飛び付き、引っ張っているそうな。

戦う相手の男性は、どうもFKAツイッグスのアルターエゴらしい。だから、最後のシーンでは立場が逆転しているんだろう。自分の内面を好きな人に見てもらえない、退屈な日常からの脱出を妄想しているんだろうね。

FKAツイッグスの頭が男の剣で割られるシーンは、VFX制作会社 MPC LAが担当した。

MPC LAでは、事前にテスト撮影を行い、どのように頭が割れるのか、本番ではどのように撮影したらよいかを確かめてから、FKAツイッグスの上半身の3Dモデルを作り、頭を半分に割った。そのモデルの上に実写映像を重ね、頭の中身をCGで表現している。

MPC LAのクリエイティブ・ディレクター、マイケル・グレゴリーは、「血みどろの気持ち悪いものではなく、美しく非現実的なものにすることが重要だった」と話している。ムライ監督のスケッチを3D化して、監督のオリジナルのビジョンを、全員が納得する形にモーフィングしていったとのことだ。

ああ、そうか。激しい葛藤の末、自分の「中身」が相手に伝わるという主旨なのかな。だから体の中身が美しいのか、と勝手に解釈してるけど、どーなんだろ。

金井哲夫

雑誌編集者を経て、フリーランスで翻訳、執筆を行う。