あまりにも有名な日本初のこのインスタントラーメン。あんなことやこんなエピソードなどは、発明者がモデルとなったNHKの朝ドラ「まんぷく」におまかせして、CMに限定して簡単に紹介しよう。チキンラーメンの誕生は1958年年。鈴木さえ子による、すぐおいしい〜 すごくおいし〜♪ というテーマソングは、アレンジされながら多くの著名なCMキャラクターが口ずさんできた。1991年にはマスコットキャラクターのひよこちゃんが登場し、2011年、芦田愛菜がひよこちゃんに扮したバージョン(監督:辻川幸一郎)では、その悪魔的な可愛さに今観てもドキドキしてしまう。
そして2018年、チキンラーメンは誕生60周年を迎え、歴史のバトンを渡すCMが再び作られた。
しかし…第一弾として公開された「アクマのキムラー 篇」(監督:鎌谷聡次郎)と題されたCMは、これまで積み上げてきた「カワイイ」や「ほのぼの」を全てを打ち消し去る破壊的な世界がアニメーションで描かれる。さらに、3月25日に公開された「アクマのキムラー 昇天篇」(監督:鎌谷聡次郎)では、実写を交えて、ひよこちゃんの闇を抱えた様子が、心理的な恐怖としてより迫ってくる内容に。後半、ひよこちゃんが昇天していくサイケデリックなアニメーションには、思わずのけずりながらも惹きつけられてしまった。
発売当時のCM第一弾もアニメーションだった。
「アクマのキムラー 昇天篇」演出のこだわりを鎌谷監督に聞く
監督を務める鎌谷聡次郎監督に、最新作「アクマのキムラー 昇天篇」の演出の狙いを聞いてみたところ「日清からのオーダーが、映画ジョーカー(監督:トッド・フィリップス)のようにとことん暗くしたい!というものだったんです」と返ってきた。「現代に生きるひよこちゃんの抱えるストレスをわかりやすく表現するのではなく、色々と想像させるような不穏な空気感をどうすれば出せるかの議論を重ねました」。そこで、前半を「実景+アニメーション」で表現する方法を選択。「実写のライティングがちゃんとアニメに干渉していたり、動きがヌルヌルしていたり、実写といかに気持ち悪くコンポジットするか」に力を注いだそうだ。
アニメーションを担うスタッフ陣も監督自らがキャスティングしており、「アクマのキムラー篇」では、サイエンスSARUが、「アクマのキムラー 昇天篇」では、前半をギークトイズ、後半を最後の手段が担当し、タイポグラフィーやエフェクトを畳谷哲也が手掛けている。
絵コンテはクリックで拡大。「大尊敬する鎌谷聡次郎さんからアニメーション制作のご指名があったことにブチ上がりました。しかも、ひよこちゃんのサイケデリックなシーンを描けるという事で気合が入りました。ひよこちゃんが分解してグニャグニャ動くカットの色塗りがなかなか進まず、”助けて~”と叫びながら徹夜しましたが終わらず、スタッフさんからの差し入れの大量のエクレアと、メンバー(木幡連くん)の母親にも色塗りを手伝ってもらって、なんとか納期に間に合わせました。気合が入りすぎて、ちょっとやり過ぎたかな、ボツになるかも…と心配しましたが、OKが出てよかったです」(最後の手段・有坂亜由夢談)。
食品の、しかもテレビCMとしては大胆な表現となった本作だが、食品広告ならではのこだわりが鎌谷監督にはあった。「変わったCMですが、食品のCMなので、美味しそう、食べてみたくなる感じは絶対担保したいと思っていて、配色や質感はとてもこだわっています。辛いだけじゃない旨辛感、B級グルメを想起する配色(赤、オレンジ、黄色、黒など)をベースにもってくることは、打ち合わせでアニメーションチームに口酸っぱくお伝えしました。逆に言うと、そこが担保されていれば、みなさんの作家性を存分に発揮してもらえると考えました」。
絵コンテはクリックで拡大。「日清さんから麺を”チキンラーメンの麺”にして下さい!という指示が3回くらい来たところに、麺へのこだわりを強く感じました。また、監督から線画が出来あがった段階で、麺をすするシーンは「映画のオープニングのように、空撮で海面すれすれをなめていく感じで、麺の上を進んでほしい」という難しい指示もありました。何とか描き切り、とても面白いカットになったと思います」(最後の手段・有坂亜由夢談)。
「アクマのキムラー」を食したひよこちゃんは、後半のアニメーションパートで、その辛さでストレスから解放される。辛さという刺激が、ストレスという刺激をキャンセリングし合ったのだ。ひよこちゃんは自身の内的宇宙と繋がり昇天する。「後半は誘惑や毒味のあるトロトロしたサイケデリックなアニメーションにしたいと考えていました。最後の手段さんのことは昔から大好きで、一枚一枚手描き手塗りにこだわった人肌を感じるオーガニックでサイケデリックな作家性が、このプロジェクトにはバッチリだと思いました」。ちなみに、鎌谷監督は最後の手段の印象を「作品通りの変態だけど朗らかで優しい方々」だったと語っている。
Covid-19の流行による緊急非常事態宣言の中、多くの人が不要の外出を控え自宅で過ごしている。
鎌谷監督はというと、ゴスペルギターを始めたそうだ。「初級の「いつくしみ深き」という賛美歌を、いかにアフリカっぽい訛りで弾けるか?みたいなことを延々としています」。最後の手段は、スーパーファミコンの「MOTHER2 ギーグの逆襲」を始め、現在「どせいさんの村」まで到達したとのこと。また、庭の草むしり(有坂)や、蛇や狸のいる近所の山や川で子供と遊んだり(木幡)と、可能な範囲で自然とふれあっているそうだ。