──新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、多くの人が外出自粛中の現在です。星野源の「うちで踊ろう」など、オンラインで、みんなでつながって乗り越えていこうといった動画がリリースされています。「NEO合唱」は、どういった経緯で生まれたんでしょうか?
ポカリスエットの広告には4年間に渡り展開してきたガチダンスシリーズという名作があるんですが、それとは別に新たな試みとして”合唱”をテーマにCMを作るプロジェクトが始動していました。僕は演出担当として2020年1月から参加しました。すでに、「ポカリが届けるべき合唱曲ってなんだろう?」というディスカッションがおこなわれていて、ポカリチームの練度の高さと情熱に驚きました。
高校生たちのエモーションを、なるべく彼等の目線で歌う。そのためには既存の合唱スタイルじゃなくて、例えばラップが入ったり、ボディストンプが入ったり、カットインして別の曲がワンバース入ったりと、マッシュアップされた合唱曲が良いんじゃないかという漠然としたイメージが、話し合いの中で固まっていきました。音楽プロデューサーの戸波(和義)君に参加して頂いて、リリックと楽曲を作成しました。
あ、サラッと言いましたが、この行程は地獄でしたね。僕というか、戸波君がですが…。冗談抜きで詞曲で100パターンは作ってもらったと思います。でも、僕も戸波君もポカリスエットの広告をやるということに、並々ならぬ想いがありまして。僕はポカリがやりたくてCMの世界に入ったようなものですし、戸波君の師匠というのが、ずっとポカリをやっていたので、それはもういろんな想いがあったと思います。「オレ達の限界ってこんなものかな?」って話したこともありましたね(笑)。
とにかく核となる曲の大枠が出来てきた段階で、それを“合唱”というみんなが声を重ねるスタイルに落とし込むべく、東京都合唱連盟の先生方に参加して頂き、コーラス、ハモりの設定調整、楽譜作成をしました。ボーカルトレーナーの安倉さやか先生に参加して頂き、歌唱難易度の調整を試行錯誤しながらも進めていきました。その間、ラッパーのぜったくんさん主導でリリックの修正、フローの調整、エトセトラ…。膨大な作業量に撃沈されそうになりながらも、優秀なプロデューサー石橋(健太郎)さんと制作の戸村(華恵)さんのおかげで乗り越えられました。
──チームで共有した目指すゴールのイメージはありましたか?
なんとなくカニエ・ウェストのサンデー・サービスのゴスペルライブみたいな、大人数から発せされる歌声によって、誰かを元気にする作品、無理やり言語化するなら「生命力」が今回のゴールなんじゃないかな?という共有意識がありました。口で言うと簡単に聞こえてしますが(笑)。
──しかし、みんなが集まっての撮影が不可能になってしまった。
そうですねー。こういう状況になる前に僕が考えていた演出は、約500人の高校生が合唱してるのをワンカットで撮るアイデアだったので、それはかなり早い段階で中止になりましたね。合唱プロジェクト自体も中止になるかな…と思ったのですが、離れていても出来る企画を考えてくれないか、とクリエイティブディレクターの正親(篤)さんからチームに連絡があり、急ピッチで作業が再開しました。
ネットを介して高校生達の声を重ねることをミッションに、当初はアプリ開発まで含めた色んな案が出ました。ですが、新型コロナを取り巻く日々の状況はどんどん変わっていくし、テクニカル的にチャレンジな企画は、テストランが間に合わないという判断もあり、最終的に、みんなに自撮りを送ってもらう企画に決まりました。楽曲はほぼ出来上がっていたのでかなり助かりましたね。それでも、こうやって多くの人からリアクションが得られる作品になったのは、クライアントとクリエイティブのスゴさじゃないかなと思うんです。自撮り企画を提案した翌日にはGoが出てましたから、驚異的なスピードです。クリエイティブとの信頼関係の深さに感動しました。
──ちなみに、柳沢監督に衝撃を与えた思い出のポカリスエットのCMといえば?
ヤバいCM沢山あります。井口(弘一)監督のガチダンスをはじめ、古いものだと中山エミリさんのFRIENDSシリーズ、伊藤由美子監督の綾瀬はるかさんのシリーズ…。特に好きなのがサノ☆ユタカ監督のナスカの地上絵篇。グラフィカルで美しいワイドショットにのって、Toeの音楽とShing02のラップがはいる。そして北野武のナレーション。初めてテレビで観たときブッとんだ。かっこいいなポカリ、って思ったのを覚えています。
歌って盛り上がって溢れちゃった瞬間を探せ
別隊で制作されたメイキング動画はこちらから。リテイクの精度が高かった数名の高校生に助力してもらった。3台ほど定点カメラを設置して、最小限のクルーで撮影がおこなわれた。当初予定していた撮影が出来ないとなってから、10日位で企画、制作、公開というスピード感で実行された。
──SNSを中心に「感動した」、「泣ける」といった感想が多く寄せられています。ダンスシリーズで培った”熱量”のDNAはちゃんと引き継がれましたね。出演者とどういうやり取りをして、撮影本番までをむかえたのでしょう?
演出担当として一番危惧していたのは、会えない高校生達に「いかに熱量を伝えるか?」という事でした。普通の撮影ならリハーサルの時に、演者に演出の意図を伝えながら、モチベーションコントロールをしていきます。
雑談を交えたカウンセリングとも言えますし、気をぶつけるとも言えますし、熱意を伝えるとも言い換えれると思います。
今回のように、演出家やスタッフがいない中で、一般の出演者が自分だけでモチベーションコントロールするのは非常に難しいんです。大抵の場合人って、自分の為よりも、誰かの為の方が思いもよらないパワーを発揮するので、共同体感覚がないままに自撮りをさせることが不安でした。なので、参加者に配る動画を急遽作成することにしたんです。「教則ビデオセット」と、僕らは呼んでいるんですが、①ポカリスエットのCMに出る意義や合唱で求める熱量を説明した動画、 ②ボーカルトレーナーの安倉さやか先生による歌唱指導動画 、③プロによるメインメロディー、ハモメロディーの実技動画、④自撮りのカメラワークのガイド動画。
前述したモチベーションコントロールは①で担保しつつ、②~④はガチのボーカル指導と撮影方法です。これらを観てもらった後、メインメロディーで歌った自撮り素材、ハモの自撮り素材を送り返してもらうという流れでした。送られてきた素材はこちらで全部確認し、制作の垣下尚加さん主動で個別に連絡を取ってもらい、細かくリテイクをお願いするという方式を取りました。参加してくれた高校生達は本当に頑張ってくれました。
──躍動感ある仕上がりとなりましたが、教則ビデオが効いたのでしょうか?
教則ビデオの効果はバッチリあったと思います。でも本心としてはやっぱり、現場で膝を突き合わせて演出してあげたかったな、話をしたかったな、という思いはありますよね。監督なので。さっきも言ったように、モチベーションコントロールが自分だけでできるってのは、感情を素直に出すとか、表現力が高いとはまた別の能力だと思うんです。
歌が圧倒的に上手い子、惹きつけるルックスの子、誰よりも真剣に歌っている子、独自のキャラクター性がある子、全員の素材を僕達ポカリチームは観ましたが、本当にみんな魅力的で全力で取り組んでくれていました。でも、モチベーションコントロールが緩いと、その全力が間違ったゴールに向いちゃう場合もあります。熱量がナルシズムの方に偏ってしまったり、溢れる情熱が表情に出ていなかったり、歌唱力に自信がありすぎて、自分の美意識の中で収まってしまっていたり。今言ったすべてのことは、本来ならば演出家やスタッフが現場で演者と話し合い、共同作業で修正と補完をしていくものです。映像制作ってチームプレーなんです。今回はそのすべてを高校生達に任せてしまっていることが、僕としては忸怩たる思いでした。
──バラツキがどうしても発生してしまうこのような環境で、なにをもって正解として素材を編集をしていったんでしょう?
さっき言った想いが僕の中にあったので、動画を送ってくれた全員がなるべく均等に登場するバージョンを作ってみたんです。でもやっぱり弱い。例えるなら、仲間内で作った思い出ビデオみたいな感じというか、記念動画という肌触りになってしまった。色々悩んだ末、自分の中で今回のNEO合唱で求めている熱量、歌唱力、表現力の合格ラインを高めに設定し直しました。その合格ラインを超えている瞬間が1秒でもあれば、そこを編集に入れ込む。そう決めてPremiere Pro(編集ソフト)のシーケンスに98人の自撮り動画×ハモメロ動画×リテイク分動画の素材を段積みして、エディターの田中(貴士)さんとひたすらOK出しを。そうすると、1〜2秒のワンフレーズで15人ぐらいの候補が残ります。そこからはその15の素材でトーナメント戦。熱量があるのは?生命力が溢れる歌唱をしてるのはどっち?チーム全員でウンウン唸りながら、牛歩のスピードでちょっとずつ進めていきました。編集が一巡した時に、予想していた事が起こりました。同じ子の出番がやっぱり多くなる。モチベーションコントロールの才がある子が、こういう企画だと振り切った素材を送れるので、必然の結果になってしまったと思いました。
チームからは、こういう時期に参加してくれたみんなを尊重して、被りを無くそうという意見がありました。僕も何周も考えてそれがいいのかも…と思いました。普段だとタレント性のある魅力的な子たちが、この自撮り投稿の企画では、ほとんど残っていないのも事実でした。でも、最終的には熱量のボルテージを下げないことを最優先にしました。と言うのも、彼等との共作はこれで終わりではないはずだから。ポカリのシリーズは続きますし、次に訪れるチャンスに全力で挑めば必ずスポットライトが当たるはずです。
鬼気迫る勢いで送ってくれた子、リテイク指示に対して何度も質問を投げかけてくれた子、納得するまで5時間も撮り直し続けてくれた子。あまりの熱量に観ているこっちが笑ってしまう、嬉しくなっちゃう、元気になっちゃう…そういう瞬間を取り上げることにしました。ガチダンスシリーズで培われた「ガチ」のジャッジ。それが編集の基軸になりました。
──オリジナル楽曲のパワーもあると思いますが、こういうマルチウィンドウの表現方法は今や定番で、数多ある映像コンテンツ中でも突き抜けていくためにカギとなったことって何でしょう?
やっぱり、スプリットスクリーンの名作といえば、川村真司さんがつくったSour’の「日々の音色」でしょう。「日々の音色」は…ヤバイっすよね。しかも「マルチモニターで繋がっている」というルックとコアアイデアがそもそも一緒。コアアイデアは変えられないので、ルックの部分でかなり試行錯誤しました。結果、スプリットスクリーンを最小限にしました。何より高校生達の表情をフルサイズで見せたかったですし。ハモが入るとこや、ラストの「離れていても同じ青空の下にいる」というマルチの意味があるとこだけに採用していきました。
この状況下だと、今後マルチウィンドウを使った作品はめちゃくちゃ増えるよなーとも思ってました。個人的にも同じような見た目の動画の一つに並ぶのもイヤだな〜って。石橋さんと、戸村さんと差別化できるアイデアを探り、フィルムスキャンを試してみようとなりました。
フィルムスキャンというのは、デジタルの映像データを一枚(フレーム)ずつ35mmのアナログフィルムに撮影し直すということです。あの映像を美しいと感じた方がいらっしゃったら、それはフィルムだからなんです。35mmフィルム独特の滲みや、粒子の質感が、どこかノスタルジックな雰囲気を与えてます。
緊急事態宣言が出れば、現像所はストップすると言われていて、フィルムスキャンが出来ないかもしれないという状況。編集も押しに押してギリギリでしたが、東京現像所さんの粘りと驚異のスピードでなんとか間に合わせることができました。
──ありがとうございました。最後に、この外出自粛中、柳沢監督はどのようにして日々過ごしていらっしゃいますか?
作り手の多くの人は同じ気持ちじゃないかと思うんですが、普段生活している中で、やり残してた事が沢山あって。それに向き合ってますね。ホームページ作り、洋服作り、脚本勉強の整理とか。やり残したことを放置しすぎると、「アレはまだやってないから、今は難しいかな」って感覚が深化してしまって、いつの間にか「苦手なこと」になってしまう。今って、そういうモノに優しく向き合えるチャンスだと思うんです。体調に気をつけながらパワーアップするチャンスだと思ってます!だから結構充実してますよ。…そう思い込んでいます(笑)。
制作スタッフ
【CAST】
汐谷 友希・学生のみんな
【STAFF】
Dir:柳沢 翔
Prod:電通、なかよしデザイン、スプーン
ECD:古川 裕也(電通)
CD/CW:磯島 拓矢(電通)
CD/AD/PL:正親 篤(なかよしデザイン)
CD:眞鍋 亮平(電通)
R:伊藤大悟(D2CR)
CW:筒井 晴子(電通)・藤曲 旦子(電通)
PL:保持 壮太郎(電通)
AD:松永 美春(電通)
CP:豊岡 将和(電通クリエーティブフォース)
Pr:大桑仁、石橋健太郎(スプーン)
PM:戸村華恵、神谷諒(スプーン)、福井梨加
L:西田真智公
A:栗林由紀子(クジラ)、酒井千裕(ハタアート)
ST:Remi Takenouchi(W)
HM:古久保 英人(Otie)
Cas:増田 恵子(ギャンビット)
オフラインエディター:田中貴士(Diamond Snap)
オンラインエディター:佐々木 賢一(IEMOTO)
M :YUGE inc.
「ボクらの歌」
音楽制作プロデューサー:戸波和義・葛谷圭介(YUGE inc.)
作詞:ぜったくん・Nobuaki Tanaka・柳沢翔・戸波和義・葛谷圭介
作曲:Nobuaki Tanaka
編曲:yuma yamaguchi
歌唱:汐谷友希+学生のみんな
歌唱指導:安倉さやか
レコーディングエンジニア:土岐彩香
ミキサー/録音:綾城重理人
SE:中村佳央