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「ひとりじゃない」安心感がクリエイティブを前に進める
THU Gathering &『スパイダーバース』監督講演レポート

川鍋明日香 Jul 26 2019

世界中のクリエイターが集うポルトガル発のクリエイティブコミュニティ「Trojan Horse Was Unicorn」。その出張版とも言うべき「THU Gathering Tokyo 2019」が開催された。どんなクリエイターも家族に引っ張り入れてしまうTHUの魔法とは? スペシャルトークで『スパイダーマン:スパイダーバース』共同監督が語ったこととは? クリエイターのクリエイターによる、クリエイターのための祭りに潜入した。

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「なんでわざわざスパイダーマンの映画を増やすんだ?」

BAFTA英国アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞、アカデミー賞の長編アニメーション賞を総なめにした『スパイダーマン:スパイダーバース』。そんな話題作で、ロドニー・ロスマン、ボブ・ペルシケッティとともに共同監督を務めたのが、この日のスピーカーであるピーター・ラムジーだ。

「よくこんな質問を受けます。『どうやってあのヴィジュアルスタイルにたどり着いたんだ?』『どうすればストーリーをあんなに感情豊かに表現できるの?』『なぜあそこまで本物らしい映画ができるんだ? (主人公の)マイルスは実在する子供のようだし、ニューヨークの街並みも非常にリアルだ』と。こうしたものに関わる判断はすべて、ストーリーからきています。この映画では、ストーリーがぼくらに物語の伝え方を教えてくれたんです」

意外なことに、スパイダーマン新作の話が初めてもちあがったとき、ラムジーは制作に乗り気ではなかったという。その理由はシンプルだった──スパイダーマンの映画はいくつもあるというのに、なぜ新しいものをつくるんだ?

すでに実写版で何本も作品があるなか、わざわざスパイダーマンを主人公に作品を増やす理由が、ラムジーにはわからなかった。しかし、彼は考え直す。「やるよ。ただし条件付きでだ。まず、ヴィジュアルはぼくらの好きなようにさせてくれること。そして、主人公をマイルス・モラレスにすることだ」

マイルス・モラルスは、2011年にマーベル・コミックスに登場したヒーローだ。アフリカ系アメリカ人の父とプエルトリコ人の母を持つ13歳の少年で、いわゆる労働者階級出身。実写版に登場するピーター・パーカーとはずいぶん違うバックグラウンドをもっている。

彼はオリジナルキャラクターとは性別や人種の違うオルタナティブ・キャラクターのひとりで、コミック初登場の際には大きな話題を呼んだ。そんなマイルスを主人公にするうえで、ラムジーらの前には難題が立ちはだかる。

「どうやって観客にマイルスを好きになってもらえばいいか? 現代人にとって、スーパーヒーローは神話のようなものです。スーパーヒーローは伝説的存在であり、人はヒーローからモラルや勇気、自己犠牲といったことを学びます。だからこそ、ぼくらは観る人全員が自分自身をマイルスに投影できるような作品をつくる必要があったのです」

そこでラムジーたちが考えたのは「誰でもマスクをかぶれる」という主軸を置くことだった。

「どんな見た目だろうと、どんなバックグラウンドをもっていようと、誰でもスパイダーマンになれる。これを映画の大きな軸としました。これを、マイルスを通じて描こうとしたんです。それからもちろん、笑いや冒険も」

アメコミを読むように映画を観てほしい

新しいスパイダーマンを描くためには、何もかもが既存のスパイダーマンとは違うかたちで表現されなくてはいけない。そのために制作陣はスパイダーマンの原点に立ち戻った。つまり、アメコミだ。

「実写映画がコミックの空気を完全に再現したことはありません。でもアニメーション映画ならば、物語の原点であるコミックの雰囲気や見た目を再現できる。大胆な色使いやダイナミックな動き、効果音、コマ割りといったコミックの要素を踏襲することで、観客にコミックを読む感覚を与え、その場にいるような緊迫感を感じてほしかったんです」

そのために、ラムジーは逆説的とも言える手段をとった。「ぼくらはまず、モデルとなる現実世界を可能な限り忠実に再現するところからはじめました」

ラムジーらは、制作陣数名をニューヨークに派遣し、数百枚の写真を撮影しながら街のディテールを集めていった。ニューヨークの街を彩るカラーパレットも、現実のブルックリンと「温かく居心地のいい街」という雰囲気を重ね合わせたものになっているという。

日本のアニメーション映画でも、下見ロケハンが行なわれることは多い。しかし、スパイダーバースのリアルさへのこだわりは主人公であるマイルス本人についても言えることだ。

「アニメーション映画では、キャラクターに匿名性を感じたり、そのキャラクターがどの時代のどの場所から来たのかがわかりづらかったりすることが多々あります。でも、ぼくらはマイルスから明らかな『現代っ子っぽさ』を感じられるようにしたかったんです」

彼らはマイルスを、現代のブルックリンという、特定の時代と場所にいる13歳として描いた。その点は、例えば彼のヘッドフォンや服のブランドといった細かい点にもよく表れている。「映画を観た人には、ニューヨークの街に行けばマイルスに会えるかのような感覚をもってもらいたかったのです。そうすることで、本物の人間と同じようにキャラクターに感情移入してもらえるので」

一方で、表現についてはコミックを踏襲した部分が多いとラムジーは言う。

「キャラクターたちの見た目やトーンは、ディズニーやドリームワークスのものとは違います。それは、わたしたちがコミックの描写やトーンを引用しているからです」。映画の雰囲気が既存のアニメーション映画と全く違うのはそのためだと彼は言う。

こうした引用は、映画の細かい描写にも見て取れる。画面に奥行きを感じさせるためのぼかしの入れ方。色のにじみ具合。そして画面にポップな文字で表れる効果音。ハッチング。ハーフトーン。そうしたアメコミ由来の技法の数々が、スパイダーバース独特のアートワークを構成している。

さらに、ラムジーらはソニー・ピクチャーズ・イメージワークスの叡智を結集し、特注のAIプログラムや自然な奥行きを持たせるための「Magic Cube」と呼ばれる技法などを編み出した。

マーベル・コミックスへの原点回帰、共感を生むためのリアルさへのこだわり、そしてそれを実現するための新技術。その総和が、スパイダーマン:スパイダーバースの魅力を生んだのだ。

インスピレーションの源はナイトとトライブの近さ?

講演中、ラムジーはキャラクターデザインや美術ボード、映像の制作プロセスを何度も見せながら、その制作過程を詳細に語った。また質疑応答では、ラムジー自身の親や子としての経験がいかに作品に反映されているかや、映画制作中の生活リズムに関する質問も寄せられた。なかなか聞けないクリエイターのリアルな声を聞けることが、THUの醍醐味でもあるのだろう。そのTHUならではの近さが、クリエイターのインスピレーションの源になるのかもしれない。

ところでイベントの途中、塩田から驚きの発表があった。

「THU Gathering、今年で2年目なんですね。でも今年で最後なんです!」

会場の人々が顔を見合わせる。

「来年はTHU Japan 2020を加賀市でやります!しかも3日間やります!」

そして会場は歓声に包まれた。

しかし、THUのスピリッツはTHUイベントの外でも広がり続けるだろう。THUのファウンダーであるルイスがこんなことを言っていた。

「帰ってから、THUでの体験をどうやって自分の周りで起こすかを考えてほしいんだ。まずは、今回このTHU Gathering Tokyoで会った人に連絡してほしい。そして、会話をはじめてほしい。いままでとは違う会話が、新しいマインドセットの源になるから」

1993年東京都生まれ。ライター、編集者、翻訳者。雑誌編集部所属の後、2017年の渡独を機に独立。現在は日本とヨーロッパを行き来しつつ複数メディアで執筆や編集を行なっている。

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