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いまの自分に疲れている人のためのあおぞら技術用語
「ガベージコレクションの巻」

清水幹太 清水幹太 Jul 3 2019

清水幹太さんによるあおぞら技術用語連載、第11回は「ガベージコレクションの巻」。大学デビューを夢見てヨットサークルに入部した清水青年。突如「海の男」目指すも、あわや失明寸前の危機に!?……からの技術用語解説です。

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よし、大学デビューだ

私は海の男になりたかった。

1995年の春のことだ。1995年の春といえば、私が大学に入学したタイミングだ。

自分で言うのもあれだが、当時の私は人生の絶頂期だった。ここまでの人生いろいろあったが、何と言っても、この頃の自分がピークなのではないかと思う。何しろ入学したのがタダの大学ではない。そして、タダの学部ではない。東京大学文科一類。法学部である。末は弁護士か政治家か、ここに入ってしまえば明るい未来しかない(ように思える)日本文系学生の最高峰、最高学府の中の(文系では)最強学部である。

しかも、あろうことかスルッと現役で合格している。我ながらすごいとしか言いようがない。今では絶対に無理だ。そんな集中力はもうない。

この春をピークとして、私はわりとグレ始め、「雨降ってるから試験行くのやめよう」とか言いながら全然違う仕事を始めたりした結果、非常にわかりやすいドロップアウトを遂げ、紆余曲折の末、法律と一切関係ない仕事をし、いまこの、法律と100%関係ない「あおぞら技術用語」の原稿を書いている。あまりに関係なさすぎて呆れてしまうほどだ。なんでこんなことになっちまったのか。

ともあれ、1995年の春に至るまでの私は、それはもう東大一直線というか、チャラいところのない色白の若者だった。同じ高校のチャラいグループに少し憧れて髪を脱色してみたりはしてみたが、キャラがそういう感じではなかったし、その時に、自分が背負ったハゲ家系という十字架を十分に自覚していれば、髪の脱色などというハゲにとっての自殺行為など絶対に行うはずはなかった。

中学高校とずっと男子校だったので、大学に入って始めて女性と同じコミュニティに参加することになった。

それまでの6年間は、周囲の女性といえば、保健室の先生(熟女)以外にいなかった。いや、違った。高校3年の最初くらいに初めて予備校というか進学塾に行ったら半分くらい女性で、かなり頭が混乱して、近くの席に座りがちだった女の子に告白して、ガッと断られたりしていた。確か、もうちょっと健康的な人の方が好きとかなんとか言われた気がする。

で、超落ち込んで泣いたが、「おれの恋人は勉強や!!」(©まんが道)などと気を取り直して、ひたすら受験勉強に没頭し、ついに東大に合格・入学したのだ。もう自分としてはここで完全にミッション・コンプリートだ。完全に緊張の糸が切れてしまったので、そこから先さらに勉強をするとかそういう殊勝な発想はなかった。ここが人生のスイッチしどころだ。ここで違う人間になる。

大学デビューをする。具体的には、健康的な海の男になって、聖心とか白百合とかのお嬢様からモテる。中学高校ではブラスバンド部に入っていたが、そんなインドアで微妙なものはもうやらない。海だ。海に出よう。人生変えよう。

◯子さんが俺を待っている

大学に入ると、いわゆるサークルの勧誘みたいのがワーッと来る。インカレ(他の大学の生徒も入っている、ということ)のテニスサークルからガチの体育部、落語研究会にいたるまで、いろんなのが来る。

そして声を掛けられたのが、Sという、やはりインカレのヨットサークルだった。恐らく学外の、すごく綺麗なお姉さんが声を掛けてきた。ついて行ったら、色黒の頼りになりそうな、反町隆史をこじらせた感じの先輩がいて、笑顔で言った。「君も海の男になろうよ」と。

私は感動した。私のような特徴のないインドアな人物に、この綺麗なお姉さんや反町くずれの先輩は、興味を持ってくれたのだ。一緒に海に行こうよ、と言ってくれたのだ。「カンタくん、海に行こうよ」と。

ここが清水の舞台から飛び降りるときだ。この時、歴史が変わった。「はい」。私は二つ返事で、海に行くことを決めていた。

ヨットサークルSの拠点は、逗子だったか江ノ島だったかにあった。先輩の車に乗って、そこで行われるヨットの試乗会に行く。サークルの中で付き合っているカップルもいて、私に声をかけてくれた綺麗なお姉さんは、案の定反町くずれの彼女だった。彼らが交わすトレンディな恋人同士のコミュニケーションが、いちいちカッコよかった。

この試乗会の段階で3人くらいの女の子が既に一緒に見学に来ていた。聖心だとか白百合だとかに通う、まだ初々しい同学年の女性たちだった。私は頑張った。自慢ではないが運動神経はゼロどころかマイナスだ。高校のときの体力測定のハンドボール投げで、どうしても真っ直ぐボールが投げられず、キャッチャーフライ的に上にボールが行ってしまい、最終的に記録がマイナス1mとかだったような人間である。

初めての海、初めてロープをたぐり、日を浴びながら風を受けて船を前に進める。恐ろしかったし、たどたどしかったが、生まれ変わったような気がした。自分が、少しずつ海の男になっていくような気がした。同年代の女の子にもタメ口で話しかけてみた。名前も呼び捨てにしてみたりした。中でも、仲良くなった◯子さんという聖心の女性は、私に興味を持ってくれたのか、ちょこちょこ話かけてきてくれた。初対面なのに、「◯子はどんな音楽聴くの?」みたいなことを言ってみたりした。今では嫁以外の女性にタメ口を聞くことはまあ無いので、思えばとんでもない冒険だ。

試乗会の帰りにみんなでステーキか何かを食って、東京に帰った。◯子さんは、結構家が近所だったので、同じ場所に降ろしてもらった。ヨットサークルSの次のイベントは、ゴールデンウィークの新歓合宿だ。◯子さんと私は「新歓合宿でまた会おうぜ」と約束した。すぐに先輩に電話して、新歓合宿に参加する旨を伝えた。この日が、海の男としての私のはじまりの日だった。

そしてやってきたゴールデンウィーク。大学生になって初めてのゴールデンウィーク。自分にとってはまさに海の男として本格デビューを飾るべき黄金週間だった。海の男といいつつ、合宿の会場は山中湖だったのだが、この際、湖の男でもいい。ヨットが俺を待っている。◯子さんが俺を待っている。

そして当日、◯子さんは来なかった。先輩いわく「◯子さん、あー、試乗会以来連絡ないなあ」。「新歓合宿でまた会おうぜ」の約束はどうなったのか。

代わりに何人も、同学年の女の子たちが来ていた。やはり、聖心だの白百合だの、といった女子大生たちだ。しかし、その女の子たちは全く私を始めとした同学年には興味がなく、みんな部長であるTさんばかりを見ていた。Tさんは、さわやかを絵に描いたような文武両道っぽい青年だった。女の子たちは皆、「Tさんがいるから合宿に来たのよ」と言わんばかりなノリだった。

思ってたんと違う感じを抱きながらも、2日間、ヨットの練習に励んだ。こうなったら海と対話するしかない。海とわかり合うことができれば、いつか自分もTさんみたいになれるかもしれない。

カンタくん取り乱しすぎよ!

そして最終日の夜。事件は起こった。

「よーし、毎年恒例のアレをやるぞー」。Tさんが言い出した。他の先輩たちも「よっしゃ、今年もこの時間がやってきたぞ」などと小躍りして立ち上がる。女子先輩たちも、「キャー」などといって準備を始める。

ヨットサークルS、新人歓迎合宿恒例の儀式が始まろうとしていた。

その儀式とは何か。それは、「湖畔でのロケット花火の撃ち合い」である。

「イヤイヤイヤ、そんな危ないの聞いてないって。自分運動神経ないから避けれないって。」と思いつつ、1年生の男子も含め、「よっしゃ!」と気合を入れている。

これは実際問題危ないと思うのだが、掌にロケット花火を握る、そしてターゲットに照準を合わせて火を点ける、相手に当てて喜ぶ、というワイルドな遊びが、このヨットサークルSでは毎年恒例となっていたのだ。参加するのは男子だけだ。女子部員は、キャッキャ言いながらお目当ての男子部員を応援する。

毎年恒例といえば、これは「新歓合宿」であるから、当然新入生が狙い撃ちにされるのだ。

「よーし、カンタくん行くぞー!」などと言って、先輩方が私に向けてロケット花火を飛ばしてくる。びびって逃げ回るどんくさい私を見て、先輩も同輩も、女の子たちも笑っている。気分が悪かった。そして次の瞬間。

ロケット花火が私の左眼を直撃した。

私はもんどり打って倒れた。目が熱い。そして、閉じた目を開くと・・・何も見えない!

左の視界が真っ白なのだ。これは完全に失明した、と思った。

ことの深刻さを理解したTさんを始めとした先輩方が寄ってきて「大丈夫か?」「見える?」などと聞いてくる。

私はもう何も見えないので「こんなの洒落になってねえよ! どうしてくれんだよ! ふざけんな! ロケット花火とか危ねえんだよ! 今すぐ病院連れてってくれよ!」などと、Tさんに抗議した。

富士吉田市の救急病院に運ばれた私は、安静にしていれば視力は戻るが、東京で精密検査を受けろ、という診断を受けた。良かった。今は何も見えないが失明にはならないらしい。安静にしろということで入院もせず、新歓合宿の宿舎に戻った。

戻ってしばらくだった。同学年の女の子たちが部屋に入ってきて言った。何かと思ったら、彼女たちはなぜか怒りに肩を震わせて、こう言ったのだ。

「カンタくん、取り乱しすぎだよ! あんなふうに言ったらTさんが気の毒じゃない! 帰りなさいよ!」

自分が悪いとは1ミリも思っていなかったので、これには驚いた。そして、この一言で私は、「海の男は無理だわ」と思ったのだ。

使っていないものをゴミ処理する仕組み

パソコンにもスマホにも、メモリというものが搭載されている。

メモリというのは、一時的に情報を記憶する場所だ。ハードディスクやSSDなどの、データを保存しておくような装置と違って、すぐに情報を取り出せるように、簡単にメモっておくような感じだ。

いわゆるコピー&ペーストなんかはメモリを使う。ある文章をコピーしてメモリの中に入れておく。で、ペーストしたいときにそこから取り出して書き出す。

プログラムでも、たとえばロードした画像の情報をメモリに入れておいて、それを表示させる時にそれを取り出すとか、いろんなケースでメモリを利用する。いろんな作業ソフトで、取り消し(ctrl-Zとか)を行うと1つ前の状態に戻れたりするが、ああいうのもメモリを利用した機能だ。

メモリに書く、というのは具体的にはどういうことなのかというと、いわゆるそういうデータを示す情報を0と1の配列にして、メモリの基盤の中に無数に配置されたスイッチをオンオフして情報を保存する、ということだ。いわゆる「メモリ」といわれる基盤の板の中にはそういうスイッチがばばばばばーーーーっと並んでいて、常にオンオフオンオフやっているのだ。

ただ、このスイッチの数にも限りはある。それが「メモリ容量」というものだ。スイッチの数が足りなくなってしまうから、あまり多くの情報を一度にメモリに記憶することはできない。たまにメモリ内を掃除して、新しい情報を記憶する場所を空けてあげないと、すぐにスペースが足りなくなってしまう。

こんな感じでメモリにデータが溜まりすぎてしまって、メモリの容量を超えて、いつかパンクしてしまう状況を、「メモリリーク」という。直訳すると「メモリ漏れ」だ。スイッチが足りなくて、記憶すべきものが漏れてしまう。そうすると、コンピュータ側もわけわからなくなって動作が遅くなったりする。

プログラミング言語やその動作環境によっては、これを避けるために必要な「メモリ掃除」を勝手にやってくれることがある。

プログラム上で続けていろんなことをやっていくうちに、メモリに入れておく必要がない不要なデータというのが出てくる。過去の処理で利用したものなど、「このデータはもう使わないでしょ」というデータだ。

こういう「もう使わない」データを勝手に判定して、メモリから消していく。それが「メモリ掃除」機能であり、この機能を「ガベージコレクション」という。直訳すると「ゴミ集め」だ。

この「ゴミ判定」の条件にはいろいろある。「ガベージコレクション」は「ゴミを探して捨てる」機能だ。大掃除のときなんかに、ずっと使っていないものが発掘されて、「捨てたくないなー」と思いつつも、「いやけどこれ5年くらい一度も使ってないから捨てるか」みたいに思ってものを捨てたりすることがあるだろう。

それと同じ話で、コンピュータ上でも「使っている」データは、ゴミ扱いされない。写真のデータであれば、それを表示させる、ということをすればそれは一度「使った」ことになる。コンピュータは「最近使ってない」ものを優先してゴミ判定していくので、こういった「使った」ものはゴミ判定されない。

この機能がついているプログラムを起動して動かしていると、たまにガベージコレクションが発動して、メモリのスペースを空けてくれる。つまり、メモリ上のスイッチのオンオフオンオフオンオフオンオフ…..という記録を、いったん全部オフにして、新しい記憶のために使えるスイッチを空ける。このスイッチをオフにしてしまうということは、記憶情報をクリアにしてしまうこと、すなわち「忘れる」ということだ。

「ガベージコレクション」は、最近使っていないものはどんどん忘れて、脳のスペースを効率的に使う、とても頭が良くて素敵な「記憶の断捨離」機能だ。

あの日を境に、サークルからは一切連絡が来なくなった。私はふんわり、不要な存在としてコミュニティから抹消されたのだ。◯子さんからもTさんからも、私を罵倒した女の子からも、すっかり忘れられているはずだ。私は、不要なものとしてメモリから消去された。東大生も聖心も白百合も、みんな頭が良いからガベージコレクション機能がついている。

どこかのタイミングで、彼らの脳内でもガベージコレクションが発動して、私の存在なんて消去されてしまったはずだ。

しかし、失明の危機にまでさらされたのに私を罵倒した同学年の女の子たちや、くだらないロケット花火の打ち合いで運動神経が鈍い新入生を笑い者にした彼らの存在は、ずっとガベージコレクションされずに私のメモリに残っている。

だからもうあれから24年も経っているのに、当時の自分とは全く関係のない技術用語記事を借りて、うじうじと奴らの所業を世にさらしてやるのだ。これが海の男になれなかった私のメモリリークだ。

(マンガイラスト・ロビン西 )

清水幹太

バーテンやトロンボーン吹き、デザイナーを経て、ニューヨークをベースにテクニカルディレクターをやっている。

BASSDRUM( http://bassdrum.org