「今日一人で来たって人、手を挙げて下さい。まず、その手を挙げている皆さん、周りの人と挨拶して下さい。恥ずかしがらずに!」
イベントのホスト役を務めるポリゴン・ピクチュアズ代表、塩田周三がマイクを通してそう呼びかける。この言葉が、この日生まれた新たなコミュニティーの始まりだった。
クリエイターのクリエイターによる、クリエイターのための祭り
6月28日の夜、東京湾からほど近い会場に250人を超える人々が集まっていた。イベントの名は「THU Gathering Tokyo 2019」。あらゆるクリエイターの、クリエイターたちによる、クリエイターのためのお祭りである。
「THU Gathering」の母体である「THU(Trojan Horse was a Unicorn/トロイの木馬はユニコーンだった)」は、ポルトガルで7年前に生まれたクリエイティブコミュニティ。毎年ヨーロッパでは、ブートキャンプ方式のメインイベントが開催されている。昨年は1,000人近いクリエイターがマルタ島に6日間滞在し、講演やディスカッション、アクティビティ、そして寝食を共にした。
「映画祭」「ゲーム開発者向けカンファレンス」「VFXイベント」などと分野別に開かれるイベントとは違い、THUでは参加者の専門分野や講演のテーマに一切制限がない。ゲーム開発者やコンセプトアーティスト、イラストレーター、映画監督など、さまざまなクリエイターが一堂に会し、互いがもつスキルを教えあい、議論を交わす。ちなみに、参加者はトライブ(種族)、スピーカーはナイト(騎士)と呼ぶのがTHUの慣習だ。
THU Gatheringは、そんなTHUのスピリッツを世界各国に届けるべくはじまった「出張版」。東京での開催は今年で2回目となる。
「よいしょ! よいしょ! よいしょー!」
3回目の掛け声で酒樽が大きく割れる。湧く観客。お祭りのはじまりだ。
参加者たちの手にはTHUオリジナルのお猪口。「これ、みなさんへの贈り物なんで、大事に一日これで飲んでください。そして持って帰ってください!」
左:アンドレ・ルイス(THUファウンダー) 右)塩田周三(THU Knight/ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役社長/CEO)
立食パーティー形式の会場で耳を澄ますと、日本語や英語、いくつかほかの国の言葉も入り混じっている。参加者が胸に着けているネームタグには、「ゲームデザイナー」「CGアーティスト」「フィルムメーカー」「デザイナー」「エディター」などさまざまな肩書きが書かれているのが見えた。とはいえ、知り合い同士のグループや一人壁際で時間を持て余している人が目立つ印象だ。
人と人をつなげるTHUの「魔法」
奥の方に目をやると、食事が並んでいた。横には「もし、鮨が違う国で生まれたら」というコンセプトが掲げられている。ターメリックライスにカレーとナッツが乗ったインド風鮨。豚肉とあさりのアレンテージョ風と書かれたポルトガル風鮨。そしてもちろん、サーモンとマグロの乗った巻き鮨。金色のカウンターの上で、キラキラと輝いている。
数バリエーションのお鮨に舌鼓を打ちながら会場を歩いていると、ピアノの力強い音色が聞こえてくる。EIKO SUZUKIとERIKO ISHIKURAによるピアニストによる連弾デュオ、EIKO + ERIKOのパフォーマンスだ。途中からはドラムも参加し、スパイダーマンの挿入歌のアレンジも。会場はさらに盛り上がる。
音楽に聴き入ったあとは、メインディッシュ。なんとパネルに野菜やフライ、卵焼きが突き刺さっている。その下には花や魚介で飾られたちらし寿司が。
料理を味わっているうち、新たな食を生む人たちもまたクリエイターなのだと思い出す。さらにケータリングを担当する「and recipe」のウェブサイトには、「ごはんと、旅は、人をつなぐ」の文字が。このイベントにぴったりだ。
しかし、THUがここまで食にこだわる理由はなんなのだろう?
「THUで大事なのはお酒と食べ物。家族だって食卓から始まるだろう。マルタでのメインイベントでも、みんな同じ場所でご飯を食べるんだよ」
そう話すのは、THUのファウンダーであるアンドレ・ルイス。この日、東京で開催されるGatheringのために来日していた。
答えを聞いて、冒頭の塩田の言葉を思い出す。「THUの第一法則は、誰一人寂しくしないことです。みなさん仲良くなって下さい!」
ルイスはこう続ける。「『ひとりじゃない』というのがTHUの秘密。このイベントの中心にあるのは『人間』なんだ。世界のどこから来ようと、平等に互いを尊敬しあって声を聞きあう。これがTHUの魔法だ」
そういえば、メインディッシュが出てきたころから声をかけられることが多くなった。
食事の列に並んでいると「このちらし寿司の上に乗っているの、なんでしょう?」。歩いていれば「そのメガネ素敵ですね!」。会場にあるイラストボードの前に立っていると「絵を描かれるんですか?」。そんな小話をきっかけに、会話がはじまる。その会場にいなければ起きなかった出会いが、どんどん増えていく。
互いに好きな作品について語らったり、意見を交わしたり、数時間前まで他人だったはずの人に悩みを打ち明けたり。こうして生まれたつながりが、クリエイターを成長させていくのだろう。
そうか、わたしたちはTHUの魔法にかかっていたんだ。人と話すうちに数時間は飛ぶように過ぎ、本日のビッグイベントが始まった。
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