触感のある半径1m の小さな世界
──先日紹介したザ・クレイプール・レノン・デリリウムの MV 「SATORI」しかり、初期に作られたコーネリアスの MV 「Tone Towilight Zone」(2001年)しかり、指や手のモチーフが登場する作品が多いですよね。
結局、ボクのやっていることってすごくパーソナルで、子どもの頃の手遊びの延長なんです。ひとり遊びしている時って自分の手を一番使うから、モチーフが手になるっていうのは僕にとって自然というか。要するに、僕が作りたいものって手遊びなんですよね。
──それが映像を始めた2000年頃から、ずっと変わらず一貫しているというのもすごいですね。
初めてコーネリアスの MV を作った頃から、アイデアを考える時、僕は自分の周り数センチのことしか考えられなかった。僕は行動力もないし、社会に訴えたいことがあるわけでもなければ、「こんな人を撮ってみたい」とかもなくて、意識が低いっていうか、自分の身の回りの小さな世界にしか目がいかないんです。CM 演出の仕事で「こういうのを撮ってください」と言われてやっと、そこにいこうかなと思うタイプ。手遊びは感覚的で触覚的だから、撮っていて楽しいんですよね。
手のひらの上で見る幻想の世界
「spell of vanishing loveliness」dir: Koichiro Tsujikawa
──2018年のコーネリアスのライブツアー用の映像として作られた「spell of vanishing loveliness」ですが、テーマを教えてください。
ツアー映像を僕と(中村)勇吾さんとGRVの住岡(謙次)さんと3人で作ったのですが、勇吾さんが、「もしかしたら将来 VR 化したいかも…」って言っていたんですね。そういう野望があるんだ~っていうのがなんとなくインプットされていたので、万が一の将来に備えて、そういう観点をもっておこうと思いながら作った映像なんです。VR(Virtual Reality)というより、MR(Mixed Reality)に近い感じなんだけど、幻覚っぽいでしょ、MR って。いわゆる現実プラス α の映像世界。それって、お酒の大好きなおじさんが禁断症状で飛び回る虫が見える…みたいな。そんな幻覚に近い感じの MR がいいなと思って。自分の手をじっと見ていたら、女の子がぴょんって飛んだり、階段を降りたりという幻覚が…見えたりして…。そういう可愛い幻覚を試みた映像です。
──このクリーム状の液体はハンドクリームですか?
そう、「手」だからハンドクリーム。それがプニョプニョって出てきて女の子が立ち現れて、ちょこちょこ遊びはじめるんです。ひと言でいうと、「ハンドクリームのコマ撮りアニメーションを CG でやってみた」。
──手とハンドクリーム。まさに半径30 cm くらいの世界ですね(笑)。
そう(笑)。それが、歌詞の内容に沿って展開しているんです。女性の主観で、自分の子どものことや、男性に対する気持ちを歌っているんだけれども、子どもも男性も自分にとってパーフェクトな存在にも関わらず、何かしら物足りなさや、出口のない不安を抱いている女性の心境を歌っている。要するに自分の人生を見つめ直している。女性がハンドクリームをつける瞬間に、わーーっとそういう気持ちが幻覚として立ち上がる。一見可愛いんだけど、突然崩れていなくなったり、最後には自分自身の爪で身動きが取れなくなったり。歌詞とリンクさせると、意味がじわじわ伝わるようになっています。
──最後の爪は狂気をはらんでいますね。
ありそうでないでしょ、爪でぐるぐる巻きにされるって。それもやっぱり半径1m の世界の話 (笑)。この歌詞の心境で、どんな幻覚を見るか連想しながら作っていました。
コーネリアス MV 「Omstart」制作メンバーが集結
「Omstart」dir: Koichiro Tsujikawa
──「spell of vanishing loveliness」は辻川さんが監督したコーネリアスの初期の MV を彷彿とさせます。
僕の中では、「Omstart」(2008年)の雰囲気と割と近いんです。ちょこちょこと女の子が営みを繰り返して、ボロボロ崩れて、遠くに旅立っていくっていう構成とか雰囲気が。ああいう感じでやりたかったので、「Omstart」のときの制作メンバーの CG ジェネラリストの福岡(二隆)さんやコンポジットの木村(仁)さんと一緒に作っているんです。
福岡さんは面白い人だと僕は思っているんです。孤高のジェネラリストで、映画オタクでマニアックな人。制作ソフトもちょっと変わっていて、「Softimage」や「Houdini」を使っている。「Omstart」のトコトコと歩く謎の生物のアニメーションを作ってくれたのも福岡さん。「Spell of〜」でも、この女の子の動きが「モーションキャプチャー?」って感じですよね。でも、モーキャプするお金なんて全然ない。手の撮影は美術の柳町(建夫)くんの事務所でやっていて、あれは僕の手。本当は女性のいい感じの手でやりたかったんだけど、お金を払うって選択肢はなかったので自分でやっています。それに、けっこう演技が細かいので、指示してやっていると1日じゃ終わらなくなっちゃうから。
「僕の中では“足跡の後悔”が裏テーマにありました。10年前に『Omstart』を作ったときに、辻川さんからは動物に足跡をつけたいという要望があったのですが、やりきれなかった後悔がありました。この作品では絶対につけようと心に決めていました」(福岡氏)
──女の子は一体どうやって作っているんですか?
そう、モーキャプはできないから、僕がとても信頼している大好きなダンサーの酒井(幸菜)さんに女の子を演じてもらって、その動きを参考に福岡さんが手付けで全部作っています。マッドなんですよ(笑)。福岡さん、やっぱりけっこう気が狂ってるな~って。しかも演技にすごく忠実で、「そこまで追わなくてもいいのに」っていうような細か〜い動きも拾っているんです。
「監督とのディスカッションから、この作品は主人公の少女の動きと質感にフォーカスを絞って進めました。辻川さんは『5歳の少女と言えばメイ(「となりのトトロ」宮崎駿監督」だよね』とか『アニメ演出といえばハイジ(高畑勲監督)だよね』とか、会う度にハードルを上げてくるんです(笑)。アニメーションは手付けでやっています。オーソドックスな手法で遠回りなんですが、アニメーターの意図が積み重なった手法で、つまりは修正しやすいのです。モーションキャプチャーは、初期の段階でリアルなアニメーションができるけど、重心移動や感情の動き、キャプチャー時のバグとかすべてがいっしょになっていて、微細な調整が必要な場面では、逆に時間が浪費されてしまうのです」(福岡氏)
──実写の動く手の階段を CG の女の子が降りていくのは、どうやって作っているのですか?
大変なんだよね、あれ。「手に(女の子を)どうやって乗っけるの?」っていう話になった時に、福岡さんは手にターゲットとかを打たない。「どうするんだろう?」と思っていたら、僕の手を3D モデルにしているんですね。影やハンドクリームの跡を残すために。手の曲面とかを3D で作っておおまかにトラッキング、それを手付けで修正して、それに合わせて(CG の女の子を)動かしている。言うのは簡単だけど、でも実際はすごい作業で、トラックするのに何日もかけていました。大変だったと思います。最後の日までできあがってなかった(笑)。北海道のライブには間に合わなかったので、ワイヤーフレームっぽいのが動いていましたね。それはそれで味があってよかった。
こういう表現って、リアルな動きだけど、CG じゃないと絶対にできない。液状のハンドクリームは固定できないし、たとえ固いクリームを使っても、手が動きすぎるからクレイアニメでは表現できない。リアルに、ハンドクリームでクレイアニメーションをやろうと思ってもできないから、それを CG でやっているんですね。
「少女の映り込みを作るために、辻川さんの手をフォトベースジオメトリック(写真をとって3D 化する技術)で簡易的に作り、調整したモデルを『PFTrack』でトラッキングしたデータと連動させています。全体の質感は、監督の求めていたのがデータ的に完璧な世界ではなく、印象の世界だったので、最終的にカラコレで蝋のような質感にもっていっています。なじみ具合だけでいうと意図的に外しているんです」(福岡氏)
アナログ感の出し方。初期設定=泥遊び
辻川幸一郎(つじかわこういちろう):映像作家。CD ジャケットや本の装丁などのアートディレクターとして活動をスタートし、友人のミュージシャンの MV 制作を頼まれたことから映像制作を始める。現在では CM、MV、ショートフィルムなどの映像作品を中心に、Web やグラフィックの企画など様々なジャンルで国内外問わず制作中。これからも。
──フル CG だけど、ほっこり。そういうアナログ感を出すために、一番パワーをかけているのはどこですか?
「設定」が一番大事。アナログかデジタルかっていうのは別に大した話じゃなくて、デジタルだってアナログなんだよね。結局、誰かが手作業をしているわけだから。ボタン1個でオートマチックにできているわけじゃない。僕の場合、どんな感覚に基づいていて、または、結びついているのかっていう設定ありきなんです。それでいうと、手遊び的なことがベースにあって、触覚的で、直感的に生理的な部分にちゃんと訴えかけてくる設定かどうか。手遊びと幻覚みたいなもの。簡単に言うと。
──辻川さんの監督するコーネリアスの映像群において一貫していますね。
一貫している(笑)。「Fit Song」もそうだし、コーネリアスの映像はそういうのが多い。自分の好きな雰囲気、世界の見え方っていうのがあって。それがあれば、アナログだろうがデジタルだろうが、マンガでもあんまり変わらないんです。泥遊びに近い設定をしているんです。
──その設定を具体的に表現に落とし込んでいく際に気をつけていることは?
テクニックはたくさんあると思うのね。たとえば、綺麗に作りすぎない、エラーを入れていく、汚しを入れていくとか。
──この作品にもエラーはふんだんに入れていますか?
エラーはどんどん入れていくよね。綺麗だとツルっとするけど、もっともっと心に引っ掛けていきたい、触っていきたい。触感的なものにしていきたいから。
──小さな世界だけれど、底なしに広がるようなブラックホール感はどう作り出しているのですか?
うーーん、自分が好きな方向性だから、かな。でも、そういうものって身近にけっこうあるじゃない? 掘っても掘っても、掘りきれない感じ。狭いけど直結している感じ、というか。「設定」と「生理」をなるべく呼び起こすような話にしている、ってことだと思います。
映像監督歴20年でわかった好きな世界
──映像演出において「自分の好きなもの」っていうのは必ず入れている、あるいは入ってくるものなんですか?
CM だと「好きなもの」を超えたところで依頼されるから、それをがんばってやると発見があって、「あ、ココとココがリンクするなー」とか、そういうの割と好きなんです。自分を広げてくれる存在。僕はほっといたら家の中にしかいないから、ちゃんと外に出してくれる。MV で自由にやってくださいって言われると、逆にどんどん自分の好きなことを掘っていっちゃう。奇妙で切なくて、シュールで可愛い小さな世界を追いかけてしまう。
20年くらい映像をやってきて、自分の演出の幅は大きく広がったけど、自分の好みの世界観はちっちゃいままでした。自分でもショックだったけど(笑)、これくらいが居心地がよかった。派手でカッコ良くてスケールの大きな映像よりも、話を広げすぎない方が好きなんです。広げることでドンドン転がっていくタイプの人もいるけど。今でも、小山田くんの家で一緒にビデオを見ている時の感覚で映像に向き合うのが一番楽しいんです。
──今回のツアー映像は他にも制作されていますか?
はい、「Surfing on Mind Wave pt 2」という曲があってオンライン上では夏頃に公開予定です。
「Surfing On Mind Wave pt 2」dir: Koichiro Tsujikawa
これはサーファーの主観映像で、波のチューブの中を進むんですが、波が永遠に途切れずに音とシンクロする、というものです。捩れたり、変形したりしながら、最後には映像の頭地点に戻っていて、ループします。自然現象を主観でメビウスの輪みたいに繋ぐ、みたいな。
──進行中の作品があれば教えてください。
今、企画していのはリアルなコマ撮りです。オジリナルワークで、キャラクターもののコマ撮りアニメを作りたいなっていう気持ちが湧いてきて。
──お話ものを作るのは珍しいですね。
あまりそういう方向はやってこなかったんだけど、グラスロフト(辻川氏の所属する会社)が10周年で、その記念に監督が1作品づつ作っているんです。すごく短いですけど、うまくいけばシリーズ化してやっていけるといいなって思っています。昔からシンプソンズとかサウスパークとかが好きだったので。柳町(美術)くんと、3D プリンタを使ったリプレイスメントで作る方法を探っているところ。それも、これまでやってきたことにすごく近い世界観の中で、キャラクターものに置き換えた作品を構想しています。
もうひとつ、現在開催中の21_21 DESIGN SIGHTで開催中の企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」で作品を展示しています。展覧会ディレクターは、 中村勇吾さんでコーネリアスのオリジナル楽曲を元に、 9人の作家が映像を展示するというものです。僕は、 バスキュール、北千住デザインと一緒に、iPhone X用の自 撮りMVアプリ「JIDO-RHYTHM」を作りました。 音楽を聴いている自分の姿が、 音に合わせて変形するという幻覚がモチーフです。楽しんでもらえると嬉しいです。
Directed by Koichiro Tsujikawa (GLASSLOFT), Developed 馬場鑑平( Bascule Inc), 渡邊敬之(Kitasenju Design), Music by Cornelius
制作スタッフ
「Cornelius – The Spell of a Vanishing Loveliness」
プロデューサー:浅野 早苗(GLASSLOFT)
プロデューサー:矢野 健一(Spoon.)
制作:小林 洋介 / 田上彰浩 / 三島卓也(Spoon.)
演出:辻川 幸一郎
撮影:重森 豊太郎
照明:中須 岳士
美術:柳町 建夫(TATEO)
振付:酒井幸菜
オフラインエディター:小林 真里(メガネフィルム)
CG:福岡 二隆
カラリスト:長谷川 将広(カンフー・スカル)
オンラインエディター:木村 仁(BOOK)