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「変態(メタモルフォーゼ)アニメーションナイト」というNEW CHANNEL(2) ピーター・ミラードとイギリス

土居伸彰 Nov 30 2017

「変態ナイト」主宰の土居伸彰による短期連載の第2回目。前回紹介したビックフォード同様に初期の時代からおすすめしていた超個性派作家ピーター・ミラードとイギリスのアニメーションシーンについて語り尽くします!

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イギリスの現状

12月に開催の「変態アニメーションナイト ザ・ツアー:セレブレート」を記念してのこの短期連載、第二回目。前回は変態ナイト誕生のいきさつと、アメリカの生ける伝説のクレイ・アニメーション作家ブルース・ビックフォードのことを話題にしたが、今回は変態ナイトがビックフォードと並んで初期から粘り強く紹介してきた新世代の作家の話をしようと思う。イギリスのピーター・ミラードだ。

ピーターの存在を知ったのは、マイキー・プリーズというアニメーション作家経由だった。マイキーは発泡スチロールを中心に、白い素材だけを使ってコマ撮りアニメーションをする狂った手法で名を馳せた作家である。彼の才能を紹介するためには変態という枠は必要ない。手法の必然性を考え抜いたうえで、「演出」的にアニメーションを用いるディレクター気質の人であり、すでにかなりの評価を受けている。彼の代表作「イーグルマン・スタグ」はこんな感じ。

マイキー・プリーズ「イーグルマン・スタグ」

2011年から2016年までJAPICがやっていたA-AIR(アニメーション・アーティスト・イン・レジデンス)という海外のアニメーション作家対象のレジデンス制度があったのだが(このプログラムはかなり成果を残していたし海外作家陣にもかなり評判が良かったので、無くなってしまったことは本当に残念だ)、マイキーはこの制度で2012年に東京に3ヶ月弱滞在していて、そのときに仲良くなった。

僕はその年A-AIR絡みで招聘作家たちをフィーチャーした上映イベントの企画を担当することになり、マイキーはイギリス出身なので、イギリスの現在のシーンを紹介できればいいなと思い、いま彼が面白いと思う作家は誰かを教えてもらった。

イギリスはRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)とNTFS(英国国立映画テレビジョン学校)の二校がアニメーションを学べる大学院としては伝統的に強い。RCAは個人制作、NTFSはチーム制作に特徴があり、前者は卒業後クリエイティブ産業で働く人材を輩出し、後者はテレビや映画産業で働く人を育成するイメージがある。マイキーのように(僕が好みの)狂った手法を採用する人はだいたいRCAで(とはいえNTFSもジョゼフ・ピアースデイジー・ジェイコブスのように個性ありすぎのことをやる人たちが定期的に出てくるから油断できない)、彼のオススメも、だいたいRCA出身者だった。たとえば、みんな大好きジュリア・ポットとか。

その何名かのリストのなかに、「もしリタード(※筆者注 意味は各自調べてください)な感じのが好きなら、後輩のピーター・ミラードがおすすめだよ」と、この作品のリンクが貼ってあった。リタードとはなかなか強烈な褒め言葉だなと思って動画を観てみたら、たしかにそんな感じだった…! (よく考えてみると、ミラードとリタードで踏んでいる…? さすがイギリス人。)

ピーター・ミラード「Bluuuuurgh」

こいつめちゃくちゃだな、絶対に日本で紹介したい!と強く決意したのが、2012年1月のことだった。しかし「キレイで整ったもの」が好まれる一般的なアニメーション界の傾向を考えると、このぐちゃぐちゃな彼の作品をきちんと紹介できる場所がなかなかないわけなのだが、ちょうどそのときビックフォード経由で胎動しつつあったのが、変態ナイト。こちらであればぴったりだ。ビックフォードとミラードが合わさることで、変態ナイトの大きな枠組みは見えた。

ピーター・ミラードという勇敢さの塊

さて、ピーター・ミラードのお話。名門RCAのアニメーション学科出身でこんな作風なので、かなり食えないやつなのではと最初は思っていたのだけれども、あとから仲良くなってみれば、作品そのまんまの人物だった。なんか、良い感じに力が抜けていて、破壊的な部分もあるけれども自然体。いろいろと経歴を教えてもらうと、なかなかの野生児っぷりだった。生まれはマルヴァーンヒルズという田舎町。引退後に移住してくる人が人口のほとんどらしく、ピーターは高校時代にセカンドスクールとして美術教室に通っていたのだが、自分以外みんな高齢者だったとのこと。ピーターが一番仲良しだったのは87歳のエリザベスというおばあちゃん。ちなみに彼女はピーターを除けば一番若かったという。マルヴァーンヒルズは、このご時世、誰かが誰かにコーラの中身を浴びせかけたという事件がわざわざニュースとして報じられるくらいの牧歌的な街である。(このニュースはピーターがフェイスブックで「マルヴァーンヒルズで悲劇が起こった」と言って投稿していた。)

大学でピーターの絵を観た先生に「君の絵はアニメーションに向いているのでは?」と勧められて、ピーターはアニメーションを作りはじめた。でもそのころ、ピーターはアニメーションのことを何も知らなかった。そんなに意識的に観てもいなかったという。そして、先生自身もアニメーションのことはよく知らなかった。(じゃあなぜ勧めた…?) それゆえにピーターはアニメーションを独学で作りはじめる。その結果、このあまりにもフリーな作風が誕生したというわけだ。

ピーターのアニメーションは、「意識の流れ」的なメタモルフォーゼと破壊的なサウンドトラック、それに、平気で静止画をまざまざと見せつけたり画面を真っ黒にしたり音を切ったりするタブーなしの構成に特徴がある。見た目はぐちゃぐちゃだが、自己流で磨き上げられたピーターの作風は、実はかなりしっかりとした方法論に支えられている。

その方法論をシンプルにまとめるとすれば、「自分を縛る定型から常に逃れようとすること」である。以前日本でワークショップを企画した。彼の方法論を用いて、みんなでアニメーションを作ってみるというものである。そこで行われたのがこうだ――フリージャズを流しながら、まず単語を無数に書き出してみる。そしてそこから興味深いと思える複数の単語をピックアップ。それらをつなぎあわせるかたちでアニメーションを作っていく。そのときのワークショップの結果はこちら。みんないい感じにリタードになっている。

Peter Millard’s Animation Workshop

ピーターは大学院でRCAに進学。正直なところ、先生方にはそんなに歓迎されたわけではないようだ(じゃあなぜ合格させた…?) その証拠に、RCA時代、あるアニメーション学科の先生からは、「お前はこんなものを作るために大学院に来たのか?」と罵られたりもしたそうだ……なので彼のRCA生活は必ずしも幸福なものでもなかったそうなのだが、でも、アニメーションではなく絵画の先生に良い人がいたらしく、彼のアイデアで、「左手で描いてみる」だとか、「ものすごく長い竹竿の先に鉛筆をくくりつけて紙に描いてみる」だとか、とにかく自分の思い通りにならないやり方で描くという訓練を続けた。

その結果として生まれたのが、以下のRCA修了制作である。

ピーター・ミラード「ブーゴードビエゴドンゴ」

ピーターの作品は、とても勇敢だと思う。観客の期待から外れることを恐れない。先生が期待することからも。かつての変態ナイトでアニメーション作家の和田淳さんをゲストMCとして迎えたときに、「勇気がある」と和田さんはおっしゃっていた。主催しているこちらも「映写事故?」とふとよぎってしまうくらいに、画面を止めるし、音も消す。観客の頭に「??」を浮かばせることに躊躇がない。

ピーター=勇敢という説は、他からも証言がある。ピーターはRCA卒業後、ロンドン自然史博物館で監視員のバイトをしながら(ヒマなときにメモ帳に落書きができるし、シフトも柔軟だし、給料も結構良いらしい)、自主的に制作を続けている。ちなみにRCA、ピーターの周辺世代は錚々たる面々が揃っていて、前述のマイキー・プリーズやジュリア・ポットに加え、スタジオMoth Collectiveなどもいる。今年のアヌシー(世界で一番大きなアニメーション映画祭)でMoth Collectiveのダニエルと話した。ダニエルとしては、Moth Collective自体が「インディペンデントなやり方をする作り手たちによる挑戦」のプロジェクトという位置づけらしいのだが(彼らのスタジオは2Dに特化している)、そんなダニエルもピーターのことが話題になると、「ピーターのやり方は勇敢すぎる、とても真似できない」と畏敬の念しか持てない様子だった。クライアントをはじめとする他人の要求に対してまったく我関せずに、自分のものだけをやりつづけることのできる、その無謀なまでのタフさをもちあわせているからだ。

確かに、卒業してからもずっと、こんなのや…

ピーター・ミラード「ボム」

こんなのや

ピーター・ミラード「フルーツ・フルーツ」

こんなのを

ピーター・ミラード「くまのプーさんベアー」

作りつづけているわけだから、命をかけている感じがある。「フルーツ・フルーツ」あたりから急に色鮮やかになって、生命感溢れる感じになってきたので、何か心境に変化でもあったのかな、と思って質問してみたら、「スキャナーを買い替えたからキレイになっただけ」とのことでした。(マルヴァーンヒルズの悲劇に続いて、これもピーターまわりで好きなエピソード。)

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