変態ナイト誕生秘話:広島アニフェスに抗して
変態ナイト最初の上映は2012年の夏。広島でのことだった。この上映は最初、2年に1度開催される国内最大のアニメーション映画祭、広島国際アニメーションフェスティバルへのアンチテーゼのようなかたちで生まれたものだった。当時の広島アニフェスは勢いはあったものの、そこで取り上げられている作品に変な偏りが見られるようになってきた。かつて日本人にとって、海外のアニメーションをまとめて観ることのできる機会は広島しかないと言ってよかった。チャンネルはそこしかなかったのである。
ただ、僕は2008年ごろから海外の映画祭を回るようになったことで、アニメーションには広島が紹介する以外のチャンネルがありうることを知った。(それは同時に、動画サイトが定着していった時代でもある。動画サイトもまた、アニメーションをアウトプットする新たなチャンネルである。)だとすれば、国内の状況をより活性化すべく、「愛と平和」を掲げる広島が紹介しない作品を、国内の関係者が集まる映画祭という場をハックするかたちで上映することは、意義あるものになるのではないかと考えた。上映会場は広島アニフェスの会場から徒歩圏内のサロンシネマ(今は閉館してしまった)、上映時間は映画祭参加者ほぼ全員が集う夜の短編コンペの上映の後、22時から24時。広島のコンペから漏れた新しい作品を選定した裏上映というコンセプトで劇場をおさえた。
そのなかに、ビックフォードの作品を入れようと思った。奇しくもその一年前から、『CAS’L’』というタイトルのブルース・ビックフォードの新作が完成したという噂を耳にするようになった。実際、いくつかの映画祭で上映されているようなので(それにしては実際の作品の評判が聞こえてこないので、おかしいなとは思ったのだが…)、あらゆるツテを辿って、ようやく作品を取り扱っている人物を探り当て、日本で作品を上映したいと申し入れ、快諾してもらい、映像を送ってもらった。
そして実際の映像を観て…やっちまった、と思った。『CAS’L’』は44分の作品だ。ある城があり、その城の周りには特殊なエネルギーの磁場が発生し、人間をはじめとする様々なものが次々と生えてくる。その城をめぐって、アマゾネスをはじめとする様々な勢力が争いを繰り広げる…そんなストーリーであるということはあらかじめ伝えられていたのだが、実際の作品を観てみると、なにがなんだか全然わからない。一部の映像が公式にYouTubeにアップされているので観てみてほしい。
とにかくカオスである。小さい人間、大きい人間、顔がぐにゃ~となったり、実写の人間が出てきてハンバーガーを食らったり、物語も何もあったものではない。44分間、こんなものがずっと続くだけの作品だった。彼の代表作『プロメテウスの庭』(29分)は、基本的には同じようなものだが、それでもなんとなくのまとまりはあった。『CAS’L’』は、まとまりがない。ラストの方は撮りためたアニメーション・シーンを節操なく入れ込みまくっただけという印象で、お金を払って見に来たお客さんは、これを観せられたら怒るのではないかと思った。ビックフォードが伝説的な作家であるということ自体は、現代のアニメーションを観る世代には伝わっていないから、名前で納得してもらうこともできない。
「変態」という名前にこめたもの
この作品を満足感とともに観てもらうためにはどうすればいいのか。それについて考えていたときに、ふと思いついたのが「変態(メタモルフォーゼ)」というキーワードだった。たえることなく変容を続けるビックフォードの作品を象徴的に説明するフレーズであり、アニメーションの本質として考えられているワードでもある。同時に、HENTAIという名称によって、日本のある種のアニメを指す言葉でもある。実に魅惑的な、多元的なほのめかしのある言葉……この多義性こそが、アニメーションに違うチャンネルがあることを示すこの上映形態にぴったりなのではないかと思った。
「変態」という言葉は、たとえば巨人の阿部慎之助や元西武〜中日の和田一浩、元阪神の今岡誠、元中日〜横浜〜西武の種田仁など、あまりにも独自すぎるバッティングフォームでボールにアプローチする人たちの打撃術に対しても使われるものだった。僕は昔野球をやっていたので(今でもやりたいので草野球とか誘ってください)、なんとなくわかるのだが、バッティングフォームに基本はあれど、その基本をピッチャーが投げるボールとのアプローチのなかでどのように適用していくのかについては、その人それぞれの体格や柔軟性、打撃に対する考え方でいかようにも変化するのだ。だから、人が思う基本から外れていたとして、奇妙で気持ち悪く見えたとしても、当人にとってはもっともロジカルで、もっとも自然なものなのだ。
同様に、ビックフォードにとっては、このやり方こそが自然なのだ。この物語の語り方、アニメーションでの伝え方こそが。物語にこだわる必要も、キャラクターにこだわる必要もない。人が思う物語の伝え方、発表の仕方からずれていたとしても、当人にとっては、これこそがアニメーションなのだ。この「変態」という言葉に達したとき、この企画=NEW CHANNELの動力源・メカニズムはほぼ完成した。アニメーション作家たちの「変態打ち」を、アニメーションのプロが、解説(ツッコミ)付きで披露する。それは、アニメーションのチャンネルを新たに作ることであり、HENTAIから変態(メタモルフォーゼ)をアニメーションに取り戻すことであり、自分らしいやり方というのは無数にありえるのだということを示すものである。
変態アニメーションナイトというインパクトあるイベントタイトルをさらなる高みに持っていくのが、メインビジュアルである。毎回、上映作品から印象的なキャラクターやシーンを取り出し、かつての(ホラー)映画館の看板画のような絵柄で描き起こすこのビジュアルを現在に至るまで担当しているのは、CALFの大山慶というアニメーション作家である。インパクトもさることながら、作品の「予告編」であり、さらには「復習」として機能する。
初の変態アニメーションナイトのメインビジュアル(表裏)。ちなみにビックフォードは作品だけではなく本人も登場している。(画面左の白髪の男性)
広島アニフェス本体をハックするかたちで開催された本イベントは、最終的には超満員となった。ちなみにビックフォードの作品はイベントのトリで上映し、来場者からは「永遠に終わらないのではないかと思った」などと強い反応をもらった。このイベント開催で得た手応えとは、永遠に終わらないように思えるような「変な」フォーマットの作品も、「変な」作品を観るのだという心づもりさえしてもらえれば、じゅうぶんに楽しんでもらえるということだった。
ちなみにこの後、僕の人生は一時的にビックフォードに取り憑かれ、GEORAMA2016というイベント(さらにそのプレイベントとしての高松メディアアート祭)で、ビックフォードを2度来日させ、シータックの自宅ガレージからクレイ・アニメーションのセットを運んで展示をし、様々なミュージシャンに彼の作品をバックに演奏してもらうという機会を作ることになる。ビックフォードについてはあまりにも逸話が多すぎるのでここでは何も語らないが、動く彼の姿、そして変態ナイトが起点となって起こった日本でのビックフォード再評価のかたちについては、以下の動画で一端を把握できるので、ちょっとチェックしてみてほしい。
次回は、「変態アニメーション界の貴公子」であるピーター・ミラードと、エイミー・ロックハートの話などをしようと思う。
この記事を読んで気になった方は、「変態アニメーションナイト ザ・ツアー」の公式ページをチェック!
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「変態アニメーションナイト ザ・ツアー:セレブレート」
2017 年 12 月 16 日(土)札幌・札幌プラザ 2・5
開場:16 時、開演:17 時/前売:2,500 円、当日:3,000 円
2017 年 12 月 19 日(火)京都・龍谷大学響都ホール校友会館
開場:18 時、開演:19 時/前売:2,500 円、当日:3,000 円
2017 年 12 月 22 日(金)東京・なかの ZERO 大ホール
開場:18 時、開演:19 時/前売:2,500 円、当日:3,500 円
2017 年 12 月 23 日(土)福岡市総合図書館映像ホール・シネラ
開場:14 時、開演:15 時/前売:2,500 円、当日:3,000 円
出演:ピーター・ミラード、エイミー・ロックハート、ホン・ハクスン (※ホン・ハクスンは東京・福岡のみの出演となります。)
MC:水江未来、土居伸彰
チケット(自由席・整理番号付)はイープラスにて発売中。
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「変態アニメーションナイト@DOMMUNE」
「変態アニメーションナイト ザ・ツアー:セレブレート」の開催を記念して、DOMMUNEにてプレイベントの開催が決定。変態アニメーションナイトとは何か? その歴史を振り返るトークと、変態ナイトに捧げるライブ&DJ&VJの饗宴。
2017年11月28日(火)19:00-24:00
出演:テンテンコ、JOJO広重、1980YEN、平岡政展&山田遼志、幸洋子&田村聡和(ONIONSKIN)、冠木佐和子、水江未来、土居伸彰ほか