山田健人、宇多田ヒカルの「忘却 featuring KOHH」を語る
宇多田ヒカル – 忘却 featuring KOHH|dir: Kento Yamada
ートントン拍子に売れて、今年は宇多田ヒカルさんの「忘却」のMVを監督されました。非常にシンプルな設定です。メジャーなアーティストの映像で、削ぎ落とした企画ゆえの不安はなかったですか?
えっ!? 全然なかったです。そもそもミニマルな表現が好きなので。いまの日本の映像って、演出過多だと思うんです。てんこ盛りで、ピカンピカンしていて、もう良くない? って思うところが僕はあって。「忘却」では、音に対していかに素直でいられるかを考えました。歌詞について考えた時、「この曲はスゴすぎる、生き方だ、人生だ」って思いました。それこそ、椅子1個出したところで無駄にしかならないと思ったんです。だからシンプルな企画に対する恐怖はなくて、むしろ「彼らと光」だけの表現しかないでしょ! という感じでした。
僕は、MVにモデルや女優、俳優の方を自分から起用したことはないんです。企画と関係性があれば、もしくはそれを音楽家が望むのであればそれでもいいと思います。でもそうでない場合、1週間の話題作りにしかならないと思うんです。その人の音楽性と何の関係性があるの? って。それって、映像作家が可愛く女の子を撮りたいっていうエゴだと思うんですね。1週間だけ話題になるよりも、20年、30年と残っていくMVを作りたい。だから、確かにメジャーらしい大がかり感はないかもしれませんが、あの企画で実現したことに意味があると考えています。
ーすごく没入感がありました。
Aカメは自分で回していたのですが、三脚でドリーに乗せて撮影しています。ゴーストみたいなエフェクトもアナログで入れているんです。アクリル板の上で絵の具を固めたものを(レンズの前に)ボコッと差し入れて、フォーカスを合わせてもらいながら、指でドリーの動きを指示するというやり方をしました。
ーその“ゴーストエフェクト”はどのように思いついたんですか?
生と死、実体と虚像のようなものを実現したくて、抽象的なイメージを基に周りの人に話を聞いたりして、たぶんできるだろうという勝算はあったのですが、実際にやってみると絵の具が固まるまでに10時間もかかってしまって、本番ギリギリ。固まりきっていないところは、ちょっと変な感じになっちゃいましたが、それもアナログ感かなと思います。
ー宇多田ヒカルとKOHH、それぞれのカットから受ける印象が異なります。どのようなイメージでお二人を捉えたのでしょう?
お二人を別々に撮影しようというのは、初めから決めていました。この楽曲は、これまでの生き方が如実に表れていて。同じ曲でコラボしていても、それぞれのストーリーがあって、この先もそれぞれのストーリーがある。ド直球で考えると、2人が一枚の絵にツーショットで存在しているのって、誰も撮っていないけど、そんなのありえないって思ったんですよ。1カットもツーショットの絵はありません。それぞれの生き様を撮り分けることを目指しました。
宇多田さんの曲なので、宇多田さんが登場する瞬間は神々しいシーンになるように、とてもこだわっています。音像的にも歌詞も達観している感がありますし。KOHHさんは逆に少しもがいている感じを出したかったので、リップシンクを2パターン撮りました。激しいテンションと寂しいテンションと。それをゴーストエフェクトの瞬間に編集で切り替えています。そこで人間味や肉体的なイメージ、人の弱さなどが感じられるように。そのあたりは歌詞から着想しています。
この映像は、テイク数を重ねたくなくて。曲を聞いた時に、撮影のためとはいえ「軽々しく何度も歌わせられない」って思ったからなんです。なので、スタッフにも最初に一人あたり2テイク、いっても3テイクと伝えました。そこに全部を注いで、準備をして挑みました。
ー光の演出など、事前に何度もリハをやっているのですか?
前日に建て込みをしたのですが、「この歌詞ではこの光」というように、歌詞に対して構成表を作って建て込みで調整をしました。
ーリハをやってみて、想定していたものと大きく変わったところはありますか?
ほとんど思い描いていたとおりでした。一つだけ、被写体を囲んで自動でグルグル回る蛍光灯の照明を使っているのですが、そのスピードに違和感があったので、ギリシャ時代の奴隷のように手押しスタイルに変更しました(笑)。微妙な手押し感がほしかったんです。当日はとてもスムーズに進み、本番では光量とかディテールにこだわることができました。例えば、KOHHさんの逆光でできる光の線幅をどれくらいにするかとか、そういう次元の話ができた。僕の現場では、これまでそういう会話をしたことがなかったので、表現に対して次のレベルで話をすることができて充実感がありました。みんなモチベーションは爆発していたし、僕は大爆発していたし、緊張しすぎてゲロ吐きました、当日。人生でいきなりでっかい仕事だったので、ご飯をひと口食べたら吐いちゃいました(笑)。
ーかなり緊張していたんですね。
企画から納品までの2カ月間、NGがほとんどなくて。それが逆に、自分の中のハードルを上げてしまって。全部良いって感じで進んでいたので、あとは自分がどれだけやれるかでしかない。ずっと引きこもって考えていたし、寝るのも怖かったです。でもそのおかげで肝が座りました、映像制作に対して。あれ以降、メジャーなアーティストを撮らせてもらう機会が増えましたが、もう変な緊張はしないですね。
山田健人、読書を語る
ー企画を考える時、たとえばインスピレーションを受ける環境に身を置いたりだとか、意識的にされていることってありますか?
1週間くらい、家から出ないです。いまは便利な世の中なので、家にいても生活できるじゃないですか。やっと3日ぶりにシャワー浴びたなんてことはザラで、食事もUberEATSが持ってきてくれるし、なんて素晴らしんだ! って。
ーその1週間、家で何をしているんですか?
企画を練ったり、自分の心の準備です。とにかく自由に書き出す作業をします。そうやってコンセプトを明確にしていくのですが、そうしておくと、その後どんなに変更しても、自分が守りたいところはブレないんです。
レンダリングをしている時間は、よく本を読んでいます。今読んでいるのは川上弘美の短編集『なめらかで熱くて甘苦しくて』。好きな作家は、谷崎潤一郎。一行一行に対して、1枚1枚(絵が)出てくる。1冊じゃなくて、一行やひと言で1枚の絵が完成するっていうのが好きなんです。他に読んで良かったのが、『サービス・ドミナント・ロジックの発想と応用』という本。これは、マーケティング用語の「グッズ・ドミナント・ロジック」に対して出てきた言葉の本で、大学院時代に出会いました。UberEATSやAirbnbみたいのような、サービスそのものに価値がある時代になってきたということについて書いています。自分のやっていることとは直接関係ないけれど、世の中の体系を理解するためにビジネスにも興味があります。
哲学系だと、フッサールという“現象学の父”のような人の本にも大学院で出会い、ずっと愛読しています。でも、これらはあくまで学問で、それに影響を受けて生き方が変わることはありませんが、考え方がすごく好きですね。
ーひと言で言うとどういう学問なんですか?
ひと言では説明しづらいのですが、経験を基に世界を理解することに重きを置いている学問です。哲学は疑うことが出発でしたが、現象学はそれよりも少し新しい学問で、「これはリンゴではないのではないか?」という旧来の哲学に対して、「これはリンゴである」かどうか、いったん考えるのをやめましょう、思考停止してみましょう、と。疑っても何も始まらないので、リンゴだと思っている理由は何なの? それはりんごを食べたことがあるからでしょ。経験があるからですよね、という風に考えていく。僕も何でも経験して、トライすることに意味があると思ってきたので、やっぱりそうだよなって納得するんです。
山田健人、映像業界を語る
ー世の中、映像を目にする機会は増えているけれど、映像業界を目指す熱は下がっていっている傾向にあります。山田さんの世代から見て、映像を生業としてやっていくことをどう捉えているのか興味があります。
日本の映像業界は、超引きこもりだと思っています。先輩方に対してこんなことを言うのも失礼かもしれませんが、全然、何を考えているかわからないんです。映像制作が思想ベースじゃなくて、生活ベースだなって僕には感じられるんです。やるからには人に伝えるべき意味とテーマがあるし、僕は自分のためだけにやっている感じはないから。いまはがむしゃらに、映像で何ができるかを考えていて、日本の映像ってものをもうちょっと豊かにしたいと思っています。世代で括ったり、誰の作品が良いとか悪いとか、正直しょうもないなって。そういうこと考えるんだったら、手を取り合って世界と戦えるようにしたいって思うんですよ。日本の映像ってまだまだダサいじゃないですか。そのためには、消費する人の態度も少しずつ変わっていく必要もあると思うので、そのための橋渡しをしたいと思っています。
そもそも映像って、心のそばにはまだないって思うんですよ。音楽に比べると全然ない。音楽って思い出に結びついていて、「この曲って、あの時のあれ」っていうのは誰にでもあると思うんです。人間の五感の、すごくそば側にある感じがしますよね。映像をもう少し心のそばに寄せるようなことをしたい。それって、決して「高性能のプロジェクタでCGのインスタレーションです」みたいなものではなくて、アナログでピュアな表現で、観る人に“想像させる”ことをしていきたい。想像できるかどうかということが、心のそばにあるかどうかだと思うんです。僕が小説をすごく好きなのも、「赤いリンゴ」って書いてあれば、どんなに赤いリンゴなのか想像できるし、それって人間の豊かなところだと感じるから。そういう表現をしたいし、いま自分が映像をやっている意味はそこにあります。
山田健人、これからの計画
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ーセルフプロデュースをすごく考えられていますね。それは社会に出られてから身に付けたのですか?
昔から、アメフトをやっていた頃からそうでした。不安なんですよ、実際は。「自分がこんなに考えてきたから大丈夫」っていうところでしか、自分を信用できない。アメフトも相手とやりあって死ぬかもしれないし、めちゃくちゃ痛いし。でも、自分はこれだけ努力して鍛えてきたから勝てるんだっていう、自分に対してのリスペクトと自信があります。いまも、自分を俯瞰して見て安心できることなんてなくて、でも「これだけ1年、5年、10年先のことをずっと、こういう計算で、これだけ考えてきたからうまくいく」という自負はあります。この前、昔書いた、2015年下半期のメモが出てきたんですよ。
ーどんなことが書いてあったんですか?
「MVを4本やる」「お金を成立させる」「映像をコンペに出す」「取材を4回受ける」「DJ/VJのソロアクト」「フォロワー1000人」とか(笑)。そういうディテールを大事にしていたから。
ー全部叶っていますね。いまはどのような目標があるんですか?
映画をやりたいなって。映画は思想を伝えるのにベストなアウトプットだし、でもその畑ではゼロからの戦いだから、まずは自主制作で1本作ってみる予定です。いま脚本を書いていて、それは年内にシュートしたいと思っています。バンドで言ったら、メジャーに行く前にインディーズで自主制作版を出す感じですね。感覚をつかんでから5年後、10年後でもいいですけど、商業映画にいきたいという気持ちがあります。yahyelの活動やSuchmosのツアーは自分の中では譲れないものなので、時期やタイミングを図りながらも挑戦していきたいです。
ー自主制作の作品はどのような内容になる予定ですか?
コンセプチュアルなドラマです。なんとなく15分くらいの形にしようと考えています。
ー完成予定は?
2018年の2月くらいです。そういう脳みそも、最近、動かしはじめました。
ーちなみに、yahyelが欧米でオンタイムの音楽を目指しているということは、映像でも?
それはあります。いま英語を勉強していて、いつかフィールドを移したい気持ちもあります。でもある程度、日本でやることをやってからだと思っています。具体的に言うと、2020年を意識しています。オリンピックの仕事をやりたいってことではないんですけど、単純に世界にすごく注目してもらえる年なので、2020年の日本で一番かっこいい人って、世界で一番かっこいいんじゃないかって思える。だから、この3年間にどこまでいけるか。その先は正直わからないですね。
ー世界に出ていった時に戦える自分の武器は何だと思いますか?
すごく難しいですね。そこはまだ未知数ですし、うまくいくかわからないけどチャレンジはしたい。いつかレディオヘッドやマッシヴ・アタックを撮りたいですね。