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水泳選手ジェシカ・ロングの半生を振り返る
北米トヨタのめちゃくちゃ泣けるCM

金井哲夫 Apr 27 2021
dir
Tarsem Singh
prod co
Radical Media
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2021年のスーパーボウル中継で放映された北米トヨタのCM。タイトルは「Upstream」(上流へ)。スーパーボウルでは、大手企業がこぞってめちゃ高い放映料を支払い、有名タレントを使った「超大作」CMをぶつけてくるのが楽しみにもなっているけど、このごろは有名人が悪ふざけするだけみたいな、ちょいとガッカリなものが増えてきた。それでも、スーパーボウル定番の感動系CMは健在だ。

パラリンピック水泳のゴールドメダリスト、ジェシカ・ロングは、大きなプールで泳ぎ始める。水面にデスクが浮かび上がると同時に電話が鳴り、一人の女性が受話器を取る。
「ロングさん?」と電話の向こうの声が話し始める。
「養子となる女の子がみつかりましたが、お知らせすべきことがあります。生まれつきまれな疾患があり、下肢を切断しなければなりません。辛い気持ちはお察しします。困難な人生を送ることになるでしょう」
ジェシカは、幼年期の思い出の間を泳いでゆく。脚のことなど何も気にしていないかのような、いきいきとした泳ぎだ。
母親は電話の声にこう応える。
「大変でしょうけど、本当に嬉しいです。早く会いたい」
そしてエンディングのテロップ。
「希望があれば、私たち全員に強さが宿ると信じます」

こりゃいかん。泣かせやがって。ジェシカ・ロングはロシアのイルクーツクで十代の両親の間に生まれ孤児院に預けられた。生後13カ月でアメリカ人のロング夫婦の養子になったのだが、腓骨ヘミメリアという、生まれつき腓骨(脚の骨の細い方)が無い先天性欠損症を持っていたため、18カ月で両下肢を切断。義足で歩けるようになるまで、ジェシカは25回もの手術に耐えた。

その後、両親の勧めで、体操、チアリーディング、アイススケート、自転車、トランポリン、ロッククライミングとさまざまなスポーツに挑戦。なかでも好きだったのが、祖父母の家のプールで泳ぐことだった。
「プールの中では、脚がないことを完全に忘れられた」と彼女は話している。
水泳を始めてからは10歳で強豪水泳チームに加わった。とても勝ち気な子どもだったジェシカは、プールで怒りや欲求不満を解消していた。しかし同時に、プールでは本当に自由で有能になれると感じていた。

水泳を始めてからわずか2年目の2004年、アテネ・パラリンピックに初出場し、いきなり金メダルを3つ獲得。その後3回のパラリンピックに出場し、合計で23個(うち13個が金)のメダルを手にするなど、数々の記録を打ち立てた。

監督は、インド出身で今はアメリカで活躍中のターセム・シン。長編映画では2000年の「ザ・セル」、2011年の「インモータルズ」、2012年の「白雪姫と鏡の女王」など、怖いのからファンタシーからSFからコメディーまで、なんでも来いの大御所だ。レディー・ガガの「911」を題材にしたショートムービーなんかも撮っている。

チームトヨタ所属のパラリンピック選手であるジェシカは、「このCMが、金メダルや結果だけではなく、そこに至る挑戦の旅に光を当ててくれたことを嬉しく思っています」とコメントしている。

雑誌編集者を経て、フリーランスで翻訳、執筆を行う。

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