「こわーっ!」と思わず叫んでしまうラスト。これは、精神疾患に苦しむ人のサポートを行う非営利団体メンタルヘルス財団デンマークが制作した、新型コロナの隔離政策で精神的に苦しむ人たちのための無料相談キャンペーンのCMだ。普段よりも無料相談の件数が大幅に増えた同財団は、受け付け態勢を拡大し、その周知のためにこれを制作したとのこと。
自身も心理学を勉強中のモデル、メイ・アンデルセンが心理カウンセラーの部屋と思われる場所で辛い自分の心境を語る。朝起きられない。海で泳いだり、車を運転してラジオから流れる曲を一緒に歌ったり、友だちと食事に行くのが大好きだったのに、何もできないと泣き出す。
それを聞いていたカウンセラーらしき女性は、あろうことか嬉しそうにせせら笑う。そして立ち上がり、暖炉の火かき棒を手に取る。
なんじゃらほいと思っていると、そこにテロップが現れ、「自分の中の悪魔に話しかけてはいけません。親身になって聞いてくれる人に話しましょう」と……。
ぎゃー、カウンセラーだと思ってた人は悪魔だったんだ! そう言えば、あの火かき棒は悪魔の三叉槍の形をしてる。こわーっ! ってな感じ。
よく見れば、相談者もカウンセラー(悪魔)も同じメイ・アンデルセンだ。独白は双方から聞こえて来る。つまり同一人物の設定だ。
監督はデンマークのエイダ・ブリガード・ソビー。ドキュメンタリー作家でもあり、CM、MVも制作している。映像は独学。20歳のときに勉強のためにデンマークからニューヨークに渡ったが、結局ナイトクラブのウェイトレスとなり、アメリカ中をバイクで旅していたという面白い経歴の持ち主だ。ただ、ニューヨークでは写真家テリー・リチャードソンのアシスタントも務めていた。2014年には、デンマークの映像プロダクションBaconと、初の女性監督として契約している。
映像にはフィルムっぽい柔らかなテイストが感じられる。特別な映像処理を感じさせないシンプルなものが多く、CMやMVも、きわめた落ち着いた雰囲気が一貫している。ただし、どこかシュールな空気が漂っている感じ。
このCMはまさにそれ。普通に2人の会話を撮っているだけ(っていうか、同一人物の掛け合いを見事に自然に合成しているんだけど)なのに、最後にぐわーっと怖くなる。表面的ではない、画面の奥のほうから重要なものが伝わってくる映像表現の妙だ。
メンタルヘルス財団デンマークのディレクターは、自分にとって最悪の批評家は自分自身であり、常に自己否定感に陥れると話している。わかるなー。うつ病のときの煩悶って、ぜーんぶ自分の中だけの妄想なんだよね。
こういうのをクリティカルなCMと言うのかしら。メンタルな病に苦しむ人を傷つけやしないかと心配になるけど、それがむしろ一人で孤独にもがいている人が行動を起こす引き金になるのかも。