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「ジョーカー」の撮影監督がiPhone11 Proだけで撮影した
ショートフィルムが ダブルで感動する

金井哲夫 Jan 24 2020

中国の春節に合わせて、Appleが中国圏向けに制作したショートフィルム「娘」。なんと本作は映画「ジョーカー」の撮影監督ローレンス・シャーがiPhone11 Proだけで撮影している。

dir
Theodore Melfi
DoP
Lawrence Sher
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中国の春節に合わせて、Appleが中国圏のYouTubeチャネルで公開したショートフィルム「娘」。母親と2人暮らしの娘は、結婚して安定した生活を送るのが女の幸せだという母の考え方に対して、「人に幸せを恵んでもらうなんてごめんだ」といつも反発してきた。娘が生まれてシングルマザーとなった彼女は、またいつもの口論となり娘を連れて家を出る。彼女はタクシードライバーとして生計を立てるが、仕方なく娘を後部座席に乗せて営業している。奇異な目で見られることも多いが、娘はいつも明るく前向きで、母がペーパータオルの芯で作ってくれた望遠鏡を覗いては、「お客さんがいる!」と教えてくれたりもする。

大晦日、休憩中に娘は「私、シェフになっていろんな餃子を作る」と言い出す。「ママはどんな餃子が好き?」と聞かれて、彼女は「ネギとタマゴの餃子。何年も食べてないけど」とつぶやく。「今日は大晦日だから、仕事を早く切り上げて餃子を作ろう」と娘に提案し、降り出した雨の中、タクシーを走らせる。

日が暮れた暗闇の中、娘は「お客さん」を見つける。早く帰りたかったが、「すごい雨だよ」との娘の言葉に車を止め、その人を乗せる。それは家を出たきり会っていなかった母親だった。「こんな夜遅く、どこへ行くつもり?」と彼女が聞くと、母親は「毎年、家族を探してたんだよ。みんなの餃子を作って」と語る。それを聞いた彼女はタクシーの後部座席に移動し、「お母さん、お腹空いた」と言う。

自分の祖母だと気付いた娘は、「これ、何の餃子?」と尋ねると、祖母は「ネギとタマゴだよ」と……。

こう書いちゃうと、ありきたりな話に思えるけど、なぜかこれが泣ける。2回に見て2回泣ける。言ってしまえば平凡なストーリーなんだけど、それでこれだけ感動させるというのは、やっぱり作り手の腕なんだね。よく出来た作品とは、こういうことを言うのだろう。

監督は、数多くのCMも制作しているが、アカデミー作品賞と脚色賞にノミネートされた映画「ドリーム」や、「ジーザス はじめての強盗」などの監督、脚本を務めたセオドア・メルフィ。撮影は、「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」、「ハングオーバー」シリーズ、「ジョーカー」などを手がけたローレンス・シャー。主演は中国の人気俳優周迅(ジュウ・シン)という豪華な顔ぶれ。

この作品は、何度見ても感動する傑作なんだけど、じつはもうひとつ感動的な部分がある。タイトルにも書かれているが、iPhone11 Proだけで撮影されているのだ。それだけなら、あらカメラの性能がいいのね、という話で終わってしまう。いやいや、どうかメイキングを見て欲しい。

大きな体のローレンス・シャーが背中を丸めて小さなiPhoneで撮影する様子は窮屈そうに見えるけど、普通なら大きなムービーカメラをよいしょと動かすところを、iPhoneをささっと動かしてアングルを切り替えるなど、おっ! と思わせる場面がたくさん登場する。また、車のグローブボックスの中やルームミラーにiPhoneを固定して、独特な映像を撮っている。従来のムービーカメラでは不可能なことだ。

ローレンス・シャーは、もし子どものときにiPhoneがあったなら、無限になんでもできると思えただろうと語っている。「これを見れば、やりたいことが11Proですべてできるとわかるだろう。こんな風にすれば、感動的な物語の世界が開かれる」

「これは、いつだってクリエイティブになれるということを思い出させてくれた。自分の創造性をずっと追求できる。これをポケットに入れておけば、なんでもできる」とメルフィ監督も話している。

周迅も、映画のクオリティーと自由度が合体して、役者にも撮影側にも大きなチャンスが生まれると言っている。

技術的な面では、トリプルカメラがとても優れているとシャーは言っていた。回想シーンは、超広角レンズを使ってワンテイクで撮ることに挑戦した。ひとつのショットでアパートの部屋の全体像を捉えることができ、そこを登場人物たちが移動する様子がよく伝わる。カット割りをして大量の編集を加える必要がないと彼は話している。暗い場所での感度も前のバージョンより向上したこと、また手ぶれ補正はずっと使用していたが、しっかり機能して、映画用のカメラみたいな「重さ」を感じるようだったと評価していた。

「iPhone11 Proはストーリーテリング・ツールだ。なんでも可能だと感じさせてくれる。みなさんも物語を書いて、ポケットのiPhoneを取りだして、あなたが見た世界を、私たちにも見せてください」とシャー。

さて、「なんでもできる」ツールを渡されたとき、何ができるだろうか。メルフィ監督やシャーの撮影風景を見ると、これまでやろうとしてもできなかったこと、やりたかったことを爆発させている感じがする。できないと思っていたことも、いつかできるようになるということを、このメイキング映像は教えてくれている。だから、今は技術的に不可能でも、どうしてもやりたいことを、頭の中に一杯貯めておくのがクリエイターとしては大切なのかもしれない。

雑誌編集者を経て、フリーランスで翻訳、執筆を行う。

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