ポルトガルのミュージシャン、スルマ(デボラ・ウンベリノ)が昨年末に発表した「Wanna Be Basquiat」のMVが、なんとも謎めいて強烈。ジャズスクールでウッドベースを習っていたというスルマは、ジャズに基礎を置きながら、さまざまな楽器をひとりで操り多重録音で楽曲を制作している。だがそのサウンドは、いい意味で「機械的」。「インダストリアル・サウンド」と呼ぶ人もいる。2017年のデビューアルバム「Antwerpen」は、IMPALA(ヨーロッパの独立系音楽事業者協会)からベスト・インデペンデント・アルバムにノミネートされ、BBCなどからも高く評価された。
このMVを制作したのは、「創造的黒幕」を自称する映像作家でイラストレーターでアニメーターのジョアン・ポンベイロ氏。MVやテレビのオープニング映像などの他に、古い画像素材をコラージュしたアニメーション作品や、ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」のロジャー・ソーンヒルが飛行機から逃げ回る有名なシーンから飛行機を取り除いて統合失調症的な現代社会を描いたというような実験的な作品も発表している。
この作品でもデジタルコラージュが駆使されているが、最初に登場する飛行機の角度が微妙に変化するなど、かなり凝ってる。細かいところを見ていくと、かなり面白い。前半は、郊外に開発された新しい街のプロモーション映画の設定。子育てから家族で暮らすのに国内で最高の場所を紹介しようとナレーションが入る。インフラも整備され、工業も盛んで、有能で勤勉な人々が暮らす理想の街だと宣伝する。だけど、なんでバックの音楽がこんなに怖いの? と不思議に感じる。なんかある、絶対なんかある、と身を固くして待つと、いよいよスルマの歌が始まる。
そのころから視点は工場の内部に入り込み、人々が何かを作ってる様子が描かれる。やがて、でかい顔やでかい手が現れる。巨大ロボだ。そいつが外に出て来て、街を破壊して行く。やっぱり、怖いやつだったんだ!
そんで終わり。なんだったんだろー、と疑問は残る。だいたい、スルマの歌の内容がちっともわからない。まったく聞き取れない。どんなにググっても歌詞が出てこない。聞き取れ倒しても、ポルトガル語だったらやっぱりわからない。ヨーロッパやアメリカで知った風なことを書いてるライターたちも、きっと知らない。知らないに違いない。知ってたら書くだろう、当然。
「バスキアになりたい」というタイトルだから、「バスキアになりたい」と言ってるはず。唯一の関連性は、あの巨大ロボの顔だ。あれ、バスキアの作品にあった怖い顔のやつだ。平和そうな理想的な(と人々が思い込んでる)街をバスキアになってぶっ壊すってところか。でも、なんかそれじゃストレートすぎるなぁ。なんかもっと深いものがありそうだ。というか、あって欲しい。そう思わせる深みがある。
このMVには、ポンベイロ氏が制作した予告編が2つある。ひとつは最初に出て来る飛行機がずっと飛んでるやつ。もうひとつは、ビージーズの「Stayin’ Alive」を口ずさみながらロボットが歩くというやつ。このロボットのティーザーは、後から思ったんだけど、かなり大きな意味を持ってる。「街が壊れて人々が動揺しても、みんなちゃんと生きてる」というビージーズの歌詞が、これまたすごい皮肉。これを先に見ておくと、あのバスキア顔のロボットがいつ出て来るのかとヒヤヒヤドキドキしながら楽しめる。それを含めての、総合的な作品ってわけだ。