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「ANIMA」はトム・ヨークが渾身のアクションで綴る夢の世界

金井哲夫 金井哲夫 Aug 7 2019

トム・ヨークの最新作「ANIMA」の配信に合わせ、同名のショートフィルム作品が公開された。監督は「マグノリア」や「パンチドランク・ラブ」などで知られるポール・トーマス・アンダーソン。

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Paul Thomas Anderson
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Damien Jalet
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Thom York
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レディオヘッドのボーカル、トム・ヨークの、6月にリリースされた最新ソロアルバム「ANIMA」のためのショートフィルムが公開された。アルバムから「Not the News」、「Traffic」、「Dawn Chorus」の3曲が使われ、15分という長い作りになっている。この動画は、6月26日に世界の一部の IMAX シアターで上映され、27日からは Netflix で公開されている。本編を見るには Netflix に加入しないといけないのだけど、これはお金を出しても視る価値がある。

ストーリーは、3つの曲に合わせて三部構成になっている。主人公はトム・ヨーク自身が演じる平凡な労働者。混雑する地下鉄の中でうつらうつらしている。乗客はみな、同じようなモノトーンの服を着た人たちで、同じように居眠りをしている。トムは、その中の、ちょっと服装が違う一人の女性と目が合う。乗客はみな同じ振り付けで眠そうなダンスを始める。駅に着くと、乗客が整然と降りていくが、彼女が忘れていったランチボックスを慌てて拾ったトムは、彼女を追いかける。他の人たちは一列になり、同じ動作を繰り返しながら改札を抜けて行く。このあたりは、なんだかジョージ・オーウェル原作の映画「1984年」みたいな、全体主義的ディストピアを思わせる。

一人だけ改札を抜けられないトムがもがいている間に、ランチボックスが何者かに持ち去られてしまう。なんとか改札を突破すると、なんとも奇妙な幾何学的な世界に迷い込む。そこにランチボックスが置かれているが、なかなか取ることができない。やがて、その世界から「滑り落ちる」と、夜の街で気がつく。

そこには彼女がいる。2人でダンスをしながら甘い時間を過ごす。周囲の景色もカラフルになっている。明け方になって電車に乗り込み、2人はようやく落ち着いて互いを確かめ合う。しかし、そこで夜が明ける。トムは再び眠りにつく。

ANIMA(アニマ)とは、カール・ユングが提唱した心理学用語。これをテーマにした理由について、インターネットラジオ局 Beats 1 の、ゼイン・ロウとのインタビューの中でトムはこう話した。「一部には、夢というものに取り憑かれたことがあるから。それはユングの理論から来てるんだ。もうひとつ、我々は、デバイスが我々について言うことを模倣するようになった。それによる振る舞いを模倣するようになった。ボリス・ジョンソン(英77代目首相)が見え透いた嘘を言うのを、出来もしない約束をするのを見ていられるのは、そこと直接つながっていないからだ。ただのアバターだから」

その結果は現実ではなく、みんなは匿名の人物として、人ごとのように笑って見てるのだという。あの同じような服を着て同じように動く人たちは、匿名のアバターということか。その中に異質な存在として現れるトムとランチボックスの持ち主の女性は、アバターではない自分と、そのアニマ(夢の中に女性像として現れる、男性の心の中の生命的要素の元型の受容的な部分)ということなのだろう。

アルバムの ANIMA は、風変わりなプロモーションで話題にもなった。発売前に、アニマ・テクノロジーズという謎の企業の広告が渋谷に貼り出された。それにはこう書かれていた。
「どうして夢は消えてしまうのか? これは昔からよくある話です。私たちは毎晩のように、夢の中ではるか彼方の非現実的でおかしな世界を旅しています。しかし、朝になるとその世界の細部を思い出すことができません。ストーリーすら覚えていないこともあります。しかし、これはもう過去の話です。ANIMA はドリーム・カメラを開発しました……」
その下に書かれてる番号に電話をかけると「Not The News」が流れるという仕組みだ。このショートフィルムは、まさにドリーム・カメラで撮影したということのようだ。

監督は、以前からレディオヘッドのMVでもコラボしているポール・トーマス・アンダーソン。映画「マグノリア」の監督としても知られている。Variety のインタビューで、アンダーソン監督はこの作品を、トムと振付師のダミアン・ジャレットが、映画「サスペリア」のために制作した MV でやり残したことをやるためのものと話している。「だから私は3つめの車輪なんです」と監督は言っていた。

この作品を、彼らは「ワンリーラー」と呼んでいる。1920年代、バスター・キートンなどの無声喜劇映画で使われていた言葉で、フィルム1巻分の長さの映画という意味だ。監督はバスター・キートンを大変に意識していて、トムにはキートンに通じるものがあると見ていた。Traffic の場面での体を張ったトムのアクションでは、「もっとバスター・キートンになれ!」と言い続けていたそうだ。最後の Dawn Chorus の場面ではぐっと雰囲気が変わってロマンチックになるが、それも「バスター・キートンがよくやっていたよ。バスター・キートンはいつも、ちょっとロマンチックなシーンを入れるんだ」と監督は話している。

撮影はプラハと南フランスで行われている。その舞台の美しさに加えて、映像のしっとりとした絵画のような質感が心地いい。Netflix は有料だけど、ぜひとも視て欲しい。

金井哲夫

雑誌編集者を経て、フリーランスで翻訳、執筆を行う。