毎年2月上旬に開かれる全米一のフットボールチーム決定戦「スーパーボウル」だが、テレビ中継の視聴率が大変に高いことから、このときだけ放映される特別なCMを、各スポンサーが思いっきり力を入れて制作することでも知られている。さらに今年は、スーパーボウルの中継を行ったCBSのCM放映料金が、30秒で525万ドル(約5億7800万円)という記録的な数字に達した。そんなこんなで、CM好きには大注目のイベントなのだけど、今年はちょっと驚きが少なかった。有名タレントを出してきただけだったり、駄洒落だったり、どうも安直なやつが目立った。また、ゲームやテレビドラマの予告編が以前より増えていて、クリエイティブなCMが弱い感じだった。
とはいえ、それでもスーパーボウル。NEWREELが「おっ!」と気になった作品も多い。そこで、ちょっと出遅れ気味だけど、NEWREELが選んだスーパーボウル2019のCM6本を紹介しよう。
「ペプシでオーケーですか」だとぉ?/ペプシ
レストランで一人の女性がコカコーラを注文すると、若いウェイターが「Is Pepsi Okay?」(ペプシでオーケーですか?)と聞く。すると後ろの席に座っていたコメディアンのスティーブ・カレルが立ち上がり、「オーケーか、だとぉ?」とウェイターに詰め寄る。「オーケーだぁ? 子犬はオーケー? 流れ星もオーケー? 子どもたちの笑い声もオーケー?」と聞く。混乱するウェイターに「ロールプレイしよう」と立場を入れ替える。ウェイター姿になったカレルは「キミは、ほどよく冷えたグラスの、これまで味わったことのない最高のものを注文する。オーケー?」と迫る。「つまり、言い方が問題なんだよ」と。そして店内の客に聞くと、みんながそれぞれの気持ちを込めて「オーケー」と答える。最後に、「ペプシはオーケー以上のオーケーなんだよ」と訴え、カレルはいろいろな「オーケー」の言い方を試すが、うまくいかない。「自分のキャッチフレーズを考えなくちゃ」と終わる。
このCMで、途中から店に入ってくる女性は歌手のカーディ・B。彼女は「オーケー」のことを「オークルルルル」と巻き舌で言うのが持ちネタになっているのだけど(ドラッグクイーンたちも使ってる)、ペプシの別バージョンのテレビCMに主役として登場している。そこで、「ペプシはオークルルルよ」と連発している。それと連動しているわけ。
ペプシは、1970年代からコカコーラの「代用品」的な存在としてテレビでもいじられてきた。そのなかでもサタデーナイトライブのジョン・ベルーシのコントが有名だ。ペプシのマーケティング副社長トッド・カプランも、「こんなに多くの人に愛されているのに……、いまだにペプシでいいですか? と聞かれる」と認めている。「その質問に、正面から答えるとき」だと感じたのだそうだ。
ハリウッドの「スターカー」勢揃い/ウォルマート
いきなり、バットモービルとゴーストバスターズのエクトワンが疾走する場面から始まる。それらの車が向かっていたのは、アメリカの大手スーパーチェーン、ウォルマートの駐車場。そこには、次から次へと映画でお馴染みの「名車」が集まってくる。映画好きで車好きにはたまらない。ウォルマートはハリウッドの映画制作会社にかけあって、有名な車の使用許可を取ったそうだ。車はすべて「本物」ではなくてレプリカ。ちょっとだけ「ジム・キャリーはMr.ダマー」のマットカッツ・バンも出てきて嬉しかった。
これは、食料品をアプリで注文して、店に自分で受け取りにいくというウォルマートの新サービスの宣伝。欲しいものが確実に揃うし、送料はタダというわけだ。駐車場でデロリアンの着陸を見て驚いている男性に向かって『ナイトライダー』に登場する、人工知能搭載した喋るクルマ“ナイト2000”が「これが未来ですよ、マイケル」と言う。「マイケルじゃないけど」と男が答えると、近くにいた店員が「そいつは誰でもマイケルって呼ぶんです」とちょっとくすぐりが入る。
「未来」の買い物の形をなつかしの車両で表現した楽しいCMだ。
世界初の商品が購入できるMV/エクスペンシファイ
エクスペンシファイは、モバイル用の経費報告プラットフォームとそのアプリを提供している会社。レシートの写真を撮れば、簡単に経費の分類や計算をしてくれる。2008年に創業された会社なのだけど、テレビCMは今回が初めて。しかも、いきなりスーパーボウルにぶつけてきた。しかもしかも、この4分近い長い動画は驚きのキャッシュバック・キャンペーンになっている。
CMを最後まで見ても、何が何やらわからない。ただのド成金なラッパーのMVのようにしか見えないのだけど、ときどき画面に出てくる悪趣味な製品のレシートをエクスペンシファイのアプリでスキャンして応募すると、それを購入できる。というか、本当にバカみたいな値段でバカみたいな物を買うわけではなく、抽選でそれと同額のキャッシュがもらえる「Expensify This」というキャンペーンになっているのだ。
出演しているのは、ラッパーの2チェインズと俳優のアダム・スコット。見た目は2チェインズのMVなのだが、同社によると「世界初の経費が落とせるMV」とのこと。キャンペーンはとっくに終わってるけど、Expensifyのキャンペーン・サイトでその結果が見られる。
監督は、エルトン・ジョンが出演したスニッカーズのCMなどを手がけたアンドレアス・ニルソン。
ハリソン・フォードはアレクサが嫌い?/アマゾン
アマゾンがハリソン・フォードを引っ張り出してきた。音声アシスタントのアレクサの宣伝なのだけど、タイトルは「すべてが成功とは言えない」と、なんか後ろ向き。アマゾンのカフェテリアで、カウンターの女性が電子レンジに言葉でコマンドを出すところを見ていた、(たぶん)アマゾンのスタッフが「電子レンジにまでアレクサを入れるとはね」と感心する。すると同僚は「いろんなものに入れてるわよ。でもここだけの話、失敗もあるの」と告白する。
電動歯ブラシに組み込まれたアレクサに、ポッドキャストを聞かせてと男性(フォレスト・ウィトカー)が命令すると、アレクサはそのとおりに再生を始めるのだが、ブラシを口の中に入れると音がこもってしまい、肝心なところが聞けない。
犬の首輪にアレクサを組み込んだケース(ここでハリソン・フォードが登場)では、犬がワンワン吠えると、ドッグフードが注文されてしまう。ハリソン・フォードは、「どんなに吠えてもオレは代金を払わないぞ」と犬に忠告するが、犬はあれこれ好きなものを注文しながら走り去る。
ホットタブに入った2人の女性がアレクサに音楽を流すよう命令すると、ホットタブは派手な噴水ショーをやらかして、入っている女性を吹き飛ばしてしまう。
そして同僚の女性が「あの事件もそうなの」と話す。それはアメリカ全土で、クリスマスツリーの電飾のように停電が繰り返されたとされる架空の事件のことだ。宇宙ステーションでは、NASAの双子の宇宙飛行士ケリー兄弟の片方(見た目ではどっちかわからない)が、「電源オフ、電源オン」と繰り返し話すアレクサに気づき、「何も起こってないけど、そっちは?」と船外活動をしている相棒に話す。すると相棒は、点滅を繰り返す大陸の照明を見て驚く。
最後に、大量のドッグフードが配達されるのを呆然と眺めるハリソン・フォードは、「もうお前とは口をきかない」と犬に言っておしまい。
このCMに登場する人たちは、アマゾンのベータ・テスティング・プログラムの参加者ということになっている。それぞれの人にテスト用の製品が届き、アレクサが挨拶する場面がティーザーとして公開されていた。ハリソン・フォードの場合は、「こんにちは、アマゾン・ベータ・テスティング・プログラムです」とアレクサが言うと、彼は「もう嫌な感じ」とフタを閉じてしまう。
失敗を連ねた後ろ向きな内容のようだが、最後にクイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ」の「止めないで。だって楽しいんだもん」と歌う部分が流れる。失敗はあっても技術の進歩を止めないでねと、アマゾンが訴えているようだ。
音声アシスタントが愚痴をぽろぽろ/プリングルズ
こちらも音声アシスタントをネタにしている。プリングルスは、去年のスーパーボウルのCMでも、違う味のプリングルズを重ねて味わう遊びを推奨していた。アメリカではプリングルズの種類がとても多く、アメリカの公式ウェブサイトには、スタック(重ね食べ)のコーナーもあり、3つ重ねてオリジナルの味を作るシミュレーターで新しい組み合わせを作って投稿することもできる。
さてCMでは、「いったい何種類できるんだ?」と神妙な顔でつぶやく男性に、音声アシスタントが「31万8000種類です」と答える。そして「私にはスタックする手もなければ、味わう口もないですけど。思いやりのない人たちの残酷な命令に従って……」と愚痴を言い出すと、もう一人の男はまったく耳を貸さず「ファンキータウンをかけて」と命令する。
スタックを推奨する内容は変わらないが、音声アシスタントをいじるという今どきな味付けになっている。
ASMRで脳に響くぞわぞわサウンド/ミケロブ
ハワイの自然の中で、女優ゾーイ・クラビッツがささやく。これはASMR(自律感覚絶頂反応)を応用したCM。ASMRとは、美容院で髪の毛を切ってもらってるときの音とか、耳かきの音とか、キーボードを叩く音とか、そういう日常的な小さな音に心地よさを感じたりゾクゾクしたりする反応のこと。科学的には効果は実証されておらず、良い効果が得られるかどうかにも個人差がある。「頭のオーガズム」なんて言われたりもして、YouTubeなどではASMR動画がたくさん見られるが、個人的には気持ち悪く感じるものもある。
それを、テレビでやってしまったところが面白い。クラビッツは、ささやいたり、瓶を爪で叩いたり、いっしょうけんめいにASMRをトリガーしようと、それらしい音を鳴らす。これは、大画面の高解像度テレビとハイファイな音響装置を備えたリビングルームで、静かに見ることを想定しているのだろう。そのような環境でテレビを楽しむ人が、かなり多くなったことの裏返しとも言える。
監督は、ジャネール・モネイの「PYNK」のMVで話題になったエマ・ウェステンバーグ。
今回選んだCMは、普及しつつある最新技術を利用したものあり、皮肉ったものあり、なんとなく今のご時世が浮かび上がって面白い。