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英国風自虐的ユーモアで若いアスリートの夢を応援するナイキの極上CM

金井哲夫 金井哲夫 Feb 23 2018

イギリス最大のタブロイド紙 The Sun も「最高のCM」と太鼓判を押すナイキ・ロンドンのCM 。これまで定番とされていた美しくてクールな印象とは真逆のコミカル路線の内容には、ロンドンに暮らす若いスポーツマンたちのホントの声と存在感が光る。

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MEGAFORCE
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Riff Raff
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W+K London
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Skepta
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ナイキ・ロンドンによる「Nothing Beats a Londoner」(ロンドンっ子は負けない) キャンペーンのCMがこの2月からイギリスで放送されて、大変な話題になっている。イギリス最大のタブロイド紙 The Sun は、「最高のCM」と持ち上げている。

話題になった理由は2つある。ひとつは、見ての通りの雰囲気。これまでナイキの CM と言えば、去年の「Want It All」のように、美しくてクールというのが定番だったが、今回は、ちょっと自虐的でマンガっぽい。

アメリカの経済誌「Fast Company」電子版が Wieden+Kennedy London のクリエイティブ・ディレクター、パディー・トレイシー氏とマーク・シャンレイ氏に対して行ったインタビューによると、ナイキは「ロンドンで暮らす生身の若者たちとの接点を失い、キャンペーンが彼らの言葉で語られていない」と感じていたため、「再びナイキのブランドを見て触って感じてもらえるよう、彼らの目線に戻って、ロンドンの新しい声、新しい存在感を生みだす」ことにしたのだという。

この CM のために街に出て調査を行ったトレイシー氏とシャンレイ氏は、スポーツで汗をかく若者たちが、自分に不可能はないという自信に満ちあふれていることを知って驚いたという。しかし「その自信も時が経つと現実世界によって削り取られていってしまう」と感じた彼らは、一人ひとりをスポーツ界のスターとして扱い、それぞれの独立したエピソードを作り、オムニバスとしてつないでいった。各エピソードはコミカルながら、イギリスらしい風刺の効いた、やや自虐的な部分もあって、あまり CM らしくないところが、また面白い。

もうひとつの話題の理由は、一般の若者に混じって各所に有名人がちらりと顔を出しているところだ。スポーツ選手からアーティストまで、ざっと調べただけで15人いたけど、もっといるかも。

冒頭、ノースロンドンを代表するラッパー、スケプタの「シャットアウト」に乗って登場するのが、スケプタ本人。街角の雑貨店に入り、電話で「来るって言ってたのに、今度は来いってか。オレは自転車に乗ってるわけじゃねーんだぞ」と相手に話すと、ひょいと出て来た若者は、「自転車だって? 甘いね。2マイルぐらいは走れってんだ」と言って疾風のように街を駆け出す。そして、グラウンドでサッカーをしていたトッテナム・ホットスパー FC のハリー・ケインの脇をかすめてゆくと、ケインの服がはぎ取られる。「これが本気ってやつだ」と若者が言うと、それをベンチで聞いていた子どもが「2マイルだって? ボクなんかは鞄を背負って郊外から学校まで走っていくんだぜ」と次の話が始まる。するとその子どもの大きな鞄から若い女性ランナーが顔を出し、「甘いわ! 私なんか夜にペッカム(治安の悪さで知られる街)を走ってるのよ」と夜のペッカムの情景に変わり、ゾンビのような暴走族に襲われそうになり…と、面白いので全部説明したいんだけど、長くなるのでここで一旦止めておく。とにかく、みんなロンドンという特殊な環境の中で、めちゃくちゃ頑張ってるという話だ。

トレイシー氏とシャンレイ氏によると、撮影は「ロンドンの本当の空気感を映すために」手持ちのスーパー16を使用している。そのため、画質に落ち着いた雰囲気もありながら、スポーツ中継のような躍動感のある映像になった。

監督を担当した Megaforce は、リアーナの「BBHMM」といった MV や、Apple Watch Go Time などの CM を多く手がけている4人組みの監督集団だ。

さて、内容が気になる人のために、説明の続き。
ペッカムを走ってゆく女性を店の中から見て「ペッカムのどこが悪いんだよ」とつぶやく男性(AJ トレーシー)の背後にいた若者は、雑多なスポーツに対応した公共の運動場で「こいつらと戦いながらプレイしてるんだ」と説明する。
するとバスケットゴールの上に座っていた女性から「戦ってるって? ふざけないで」と一喝される。彼女はボクシングリングに立ち、「私はボクシングを始めるために家族全員と戦ったのよ」と家族の絵を叩いて倒す。
するとリングに立っていたボート選手の男性は「そんなの、なんでもないよ」と言い放つ。「ボクは一等を取らないと家族にこう言われるんだ」と、彼のボートを追跡している船から家族が「負け犬!」と罵倒する。
それを岸から見ていた男は「甘えるな」と不満をぶつける。彼はサッカーグラウンドに立ち、「プロになれる確率なんて、雷に撃たれる確率より低いんだ」とぼやく。すると雲の上からイギリスサッカー界の神様ガレス・サウスゲートが雷を当てる。途端に彼の練習着はイングランド代表のユニフォームに変化する。だが次の瞬間、近くに立っていた男性にドリブルで抜かれる。
それをグラウンドの外でラップをしながら見ていた女性は、「冗談じゃないわ、私はでっかいゲームに出て得点を入れなくちゃいけないの。認められたいから」とボールを蹴ってシュートを決める。しかし客席で見ていたのはたった一人。でもその人はサッカー・イングランド女子代表のステフ・ホートン。彼女はスマホでその映像を配信すると、大勢のプロアスリートがそれを見て「ワオ!」と驚く。
「彼女は相手がいるから幸せだよ」とバスの中でぼやく若者はアイスホッケーの選手。「ロンドンでアイスホッケーなんてやってるヤツはいない。すべてのポジションとコーチをボク一人でやらないといけない」と不平を言う。
そんな彼にラグビー選手の男性がタックルをかける。「オレはトレーニングしながら、コーチのコーチをやって、チーム全体を支えて…」と彼はラップを歌う。しかも「イウォビとマブダチなんだぜ」と床屋で自慢話をすると、アーセナルFCのプロサッカー選手アレックス・イウォビ本人に「いや違う」と言われて冷や汗がたらーり。そして大泣きする。そのラグビー選手は、コメディアンでミュージシャンのマイケル・ダパアー。
だがそれは夢だった。ベッドから飛び起きると、そこにはイギリス国旗をまとった北京オリンピックのイギリス代表陸上選手モハメド・ファラー。そのファラーに外から女性がこう叫ぶ。「ロンドンでテニスをしたことある? 狂気の沙汰よ!」
「そんなのワケないさ」とスケートボーダーの若者が反論する。「警備員に捕まる前に、この技を決めなくちゃならないんだ」
「自分の身の安全は、もちろん…」と話す若者は巨大な肉体に変化して、巨漢で知られるウィコム・ワンダラーズ FC のアデバヨ・アキンフェンワをびびらせる。
「それがどうしたの? 失敗したら脚が折れるのよ」と体操選手の女性が言うと、試合を終えたボクサーは「勝っても鼻の骨が折れる」と叫ぶ。
凍った川で泳ぐ女性は「泳ぐのを止めたら、文字通り死んじゃうわ」と訴える。
前輪のない自転車に乗る男性は「まともな自転車も持ってないよ」と話す。
「これがロンドンだ」とナレーションが入っておしまい。


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金井哲夫

雑誌編集者を経て、フリーランスで翻訳、執筆を行う。