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ドキュメンタリー映画「築地ワンダーランド」
世界一の魚市場の不思議な世界

kana Oct 4 2017

長期取材で築地市場を捉えた遠藤尚太郎監督インタビュー。低予算感のにじみ出るジャパニーズドキュメンタリー群に一石を投じる、こだわりの映像と音楽で描かれるプロフェッショナルたちのドラマ。日本の四季折々の豊かな食文化。このドキュメンタリー映画「築地ワンダーランド」が一体どのように作られたのか舞台裏を明かす。

dir & edi
遠藤尚太郎
pl & pr
手島麻依子、奥田一葉
pr
中山賢一、坂口慎一郎
c
木村太郎(S.O.G)、栗田東治郎、角田真一、小林雄一郎、吉田剛毅、三木誠、田中宏幸、堂前徹之(S.O.G)、神戸千木、月永雄太、百々新、石塚崇寛、里見昌彦、岸本幸久、遠藤尚太郎、酒井隆史(空撮)、福田光司(ドローン撮影)
col
長谷川将広
pr & dis
松竹
取材写真
森口鉄郎
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日本人ぽくない肌感のドキュメンタリー

「築地ワンダーランド」 アジア5カ国で劇場公開され、先行上映された香港では2016年ベスト映画10にランクイン、
タイでは初週の興行収益がドキュメンタリー映画の新記録を樹立。

ー話題となる日本のカルチャー系の映像と言えば、例えば「二郎は鮨の夢を見る」もメイド・イン・アメリカ、MVを見渡しても「この昭和感あふれるフィルムはフランス人が作ったのか!」というショックに何度も襲われてきましが、本作品も日本人が作った映画とは思えませんでした。海外の映画祭でも高い評価を受けていますね。

アジアでの日本の立ち位置、そのクールさなどがベースとしてあると思いますが、国際的に和食への注目が高まっていて、「築地」という1つの発信地に興味を持たれているという背景もあると思います。特にアジア各国は築地の恩恵をダイレクトに受けています。その日に出荷したものが、その日のうちに香港やタイのお寿司屋さんで握られているんですよ。

ーそう考えると、築地市場を描いた映画がこれまでなかったのが不思議なくらいです。遠藤監督がこの映画を撮ろうと思ったきっかけは?

自国の文化って、外から見ないとわからないものだと思うんです。特に日本は島国で、多民族、多宗教でもないし、自分が日本人だって認識する瞬間があまりない。それでいて海外に出るといきなり自分は日本人だって強烈に感じるわけですよね。外から日本を見る感覚は、この映画で意識したことの一つです。本編に英語のナレーションが入っていますが、海外の方のためじゃなくて、日本人のために英語にしたんです。築地は知っているようで知らない場所。魚って知っているようで知らない食べ物。日本人にとって、もはやそういう存在になってきている。そこに息づいている文化や、築地という場所を見直すきっかけにしたいという意図がありました。

ー俯瞰的な視点を英語ナレーションによって演出しているんですね。

最初はナレーションさえ使わないこともを考えていましたが、英語のナレーションによって他者の視点を感じさせるというアイデアにたどり着きました。

遠藤尚太郎:1978年2月14日生まれ。自主制作作品「偶然のつづき」が第27回ぴあフィルムフェスティバルに入選、観客賞を受賞。
俳優・小栗旬が初映画に挑む姿を追ったドキュメンタリー番組や、広告、MVなどを幅広く手掛ける。本作が劇場用映画初監督作品となる。

ーハーバード大学の社会文化人類学者・ベスター教授、すきやばし次郎親子、noma(コペンハーゲン)のレゼピシェフといった方々の、多角的な視点によって築地を捉えたのもそういう意図からなのでしょうか?

そうなんですよね。この映画は、ナレーションではなく、みなさんの言葉で紡ぎたくて。ドキュメンタリー映画だけど、群像劇を作りたかったんです。それで、どうやって物語を展開していくか考えた時に、客観的な視点がほしくなった。でも単に“客観的”ということならナレーションでいいですよね。やはり主観的に補足してくれる人物を、と考えていた時に彼らに出会いました。テッド(ベスター教授)は、彼の著書『築地』を読んで感銘を受け、出演をオファーしました。日本文化をより客観視することを目指し、みなさん「築地のためなら」と出演してくれたんです。

こだわりの映像で映し出される築地

「TSUKIJI WONDERLAND」 ©2016松竹

ー築地に本社を置く松竹が配給していますが、そもそも築地映画を作ることが決まっていたのでしょうか?

別の仕事で築地を撮影した時、そこにすごい世界が広がっていたんです。このエネルギーを映画に収めたいと思い、賛同してくれる仲間を探しはじめました。旧知の間柄だった松竹の手島(麻依子)プロデューサーと当時、広告代理店に勤務していた奥田(一葉)プロデューサーがすでに料理を通じて築地通いをしてたので、3人で相談しながら映画化の資料を作りはじめたんです。パイロット版を撮影し、まずは120年間、築地を拠点に歌舞伎を通して築地市場と深い関係を築いている松竹にプレゼンしようと。ダメもとでしたが、気持ち良くこの企画に乗ってくれて。その後、松竹の方々は何度も築地に足を運んで交渉を重ねてくれました。松竹さんだから撮影許可がおりたという部分はあると思う。どんなに個人の僕が映画を作りたいと言っても難しかったでしょうね。

ー築地市場と信頼関係がないと、このようなディープでワンダーな映像は撮れないと想像します。映像からも、築地と制作チームの一体感を感じます。実際には、撮影に入るまでにどれくらいの期間を要しているのですか?

構想から撮影まで、1年くらい。前例がないって言われつづけて。情報番組や報道でピンポイントでカメラが入ることはあっても、今回のように、1年以上かけて四季を撮影するという前例がなかったんです。また、築地を日々生み出している人々にカメラを向けたかったので、広範囲に及ぶ取材対象を企画書にまとめたら、めちゃくちゃ警戒されました。築地市場には毎日、何万人もの人が出入りする。圧倒的な物流の場が、阻害されるんじゃないかという懸念もあったみたいで。「こいつらだったら、害にはならない」と思ってもらうまでに時間がかかりましたね。

傍から見ると混沌としている築地は、実は分刻みの時間割をこなしていて、すごく短いピークタイムの繋がりで動いている。競りも短ければ数分で終わっちゃうんです。瞬時に何人もの手が挙がって手槍(てやり。手で数字を出すこと)で入札され、卸会社の人が競り台から一番高額だった人に落札していく。もし撮影隊がその間に入って手槍が見えなくなったりすると、取引が成立しなくなる。そういうことは避けなければならないですよね。競りが終わった瞬間に荷物が捌かれて、その後、お客さんが入ってくる。それが同時多発的に起こる。天然ものを扱っているから、今日入荷がないっていうハプニングもある。アナログだけど情報整備がされている場所なんです。そんなところで長期にわたって撮影するというのは、自分が時間割を体で理解して慣れていないとできないんです。

ですから、最初はテスト段階の時期を踏んで、2015年3月に撮影をスタート。クラウドファンディングが決まったのが8月でした。自分で撮りながら体で築地の時間割を覚えてきて、そろそろいいものが撮れるようになってきたね、というタイミングで予算がついたのがよかった。クラウドファンディングのおかげでカメラマンも雇えましたし。自分一人でカメラを回していた時期は、インタビューをしながらフォーカスを合わせるのが本当に辛かったんです。

ービジュアル表現もこの映画の大きな魅力になっていますね。

空撮やステディでのハイスピード撮影、食べ物の表現の仕方とか。クラウドファンディングが達成したからこそ実現できたことが実は多いんです。

予備日で撮影したこのシーンは、前日の強風でチリや霞などが一掃されたキレイな空を、完璧な無風状態で飛ぶことができたそうだ。
「TSUKIJI WONDERLAND」 ©2016松竹

ー撮りたい場面は、撮れるまで日数を重ねたのですか?

8割方、撮れないですよね。今回、数種類のカメラを使っていますが、すべてセンサーサイズの大きいシネマカメラを使っています。メインでキヤノンのCINEMA EOS C100 MarkⅡとC300、定点撮影にはGoProかブラックマジックデザインのPocket Cinema Camera、ハイスピードを撮りたい時はREDデジタルシネマのEPICを使い分けています。レンズは主に広角か標準、たまに単焦点、手元が撮りたければマクロレンズを使いました。でも、広い絵を撮っている時に仲卸さんがイイことを話しはじめたりするわけですよ。でもレンズ交換している暇がなくて逃してしまったり、またある時は、帳場の方から回り込んで追いたいけど、混んでいてまったく動けない…とか、なかなか思い通りにはいきませんでした。

ー撮影クルーはどれくらいの規模だったのでしょうか?

基本は僕、カメラマン、プロデューサーの3名。僕はスチルも撮るし、プロデューサーと音声も交代でやりました。ステディを使った撮影はもう少しスタッフが多くなりますが、三脚撮影はNGだし、コンパクトでないと物理的に難しいですよね。

撮影制限でいうと、ライティングもダメでしたが、場内は裸電球がバーっと並んでいるので光源は潤沢にあるんです。でも全部が色温度が違うし、専属のDP(撮影監督?)がいないのでカラコレ(カラーコレクション?)が大変でした。カラリストの長谷川(将広)さんが「いや〜俺、今日だいぶやったと思ったんだけどさ…尚ちゃんさぁ、この映画何カットあんの? 全部、色違うんだけど」って(笑)。しかも、魚の色はルック一括で決められないから、そこはマスクを切っているんです。

ーそういったこだわりが、日本人ならではの職人魂や仕事に対する美徳といったものを美しく感動的に描き出していると感じました。

築地を通して“日本人や日本文化とはどういうものなのか”ということを感じられるものにしたかったんです。単に記録するだけだったら映画じゃなくていいと思うんです。80年にわたって果たしてきた築地の役割を描きつつ、未来に伝えたいことを映し出すのがこの映画のテーマでした。

築地の魚が、仮に仲卸さんがいなくて、情報整理の仕方が全部金額だけだったら自分のほしい魚って手に入らないんですよ。食文化は、金額だけではランクづけできない。料理人の調理の仕方とか、メニューのストーリー構成とか、用途によって必要な魚が、または部位や状態が違ってくるんですね。その目利きは、仲卸さんがいないと維持できない。捕れる魚というのは、自然のものだし、海の中にはカレンダーも地図もなくて、日々環境は変わるから、この産地が一番とは一概に言えない。生の情報が重要なんです。料理人と仲卸さんの会話って、とても専門的。よく「築地に1年間通ったんだから、魚のことは相当わかったでしょ?」なんて聞かれるんですけど、いやいや、むしろわからないってことがわかりましたね。

過去80年間の築地市場をどう描くか

「TSUKIJI WONDERLAND」 ©2016松竹

ーこの映画制作の中で、特に印象的だった出来事を教えてください。

本編に挿入している80年前のフィルムがすごくて。可燃性のフィルムがホコリを被って、築地の中で眠っていたんです。築地の竣工式が記録された昭和10年、1935年の35mmフィルムが残っていたのですが、「80年間、築地が培ってきたものをどう描けばいいのか」と悩んでいた時に、あのフィルムを発見しました。テレシネは、フィルムの修復をしながら起こすのでそれなりにコストがかかるのですが、勇気を出して現像したんです。丁度、豊洲移転日程がニュースで流れた時にテレシネがあがってきました。自分がどんな人たちからバトンをもらったのか、あの映像から伝わってきて鳥肌が立ちました。仲卸の人たちと、「築地に呼ばれたのかもしれない。移転前に自分たちが生まれ育った記録を見てほしいって、80年ぶりに出てきたんだね、このフィルムは」って話したのを覚えています。

ー1年4カ月にわたる撮影では、収録時間600時間と聞いています。撮影しながら編集も並行していったのでしょうか?

そうしたかったんですけど、流石に体力的に無理でした。3日に1回撮影に行くと、もうドロドロになって帰ってくるんですよ。まず帰宅したらバッテリーを充電。次にやることは、メモリーカードのバックアップとProResへ変換。それで2日くらいかかるんです。しびれる状況です(笑)。生活のすべてが築地優先だし、これだけの料理人が出てくれて、これだけの仲卸の方が出てくれて、しかもいい時に撮りたいから、自ずとスケジュールが埋まっていくんです。

「TSUKIJI WONDERLAND」 ©2016松竹

ー編集中に構成が大きく変わったりはしましたか?

どんどん増えていくシーンもあれば、カットされていくシーンも出てくる。大きなテーマを持って撮影した中でカットしたのは、「国際化」についてでした。「築地市場(東卸)国際化プロジェクト」を追って、ベトナムで魚の品評会や識者によるミーティングを撮っていたんですが、そこはカットしました。映画後半のピークになると想定していたんですが、実際に並べてみると、未来に見られるものになるのか、という疑問がわいてきました。すごく見応えがあって面白いんですよ。仲卸の人が海外の顧客に対してどう魚を提案していけばいいのか悩みながら答えを見つけていったり。でも、10年後には状況は変わっていると思うし、これだけで30分かかってしまう…そういう試行錯誤は随所にありました。

編集は夏の間、3カ月をかけて細かく病的にやりました。この映画は、本当に観るたびに印象が違うのが特徴。それは、一つの明確な起承転結を元にしているのではなく、群像劇だからなんです。ラストの一本締めのシーンは、もっとカットしてもよかったかなって未だに思ったりしますが、観た人から「目に見えないものがそこに映っている」と評判がいいんです。それで、編集当時の僕の感覚は間違っていなかったなって思い直したりしています。

ー次はどんな作品を作られる予定ですか?

僕はドキュメンタリーを専門とした監督ではないし、物語映画を目指していきたい、群像劇を作っていきたい。この映画も、僕の中ではドキュメンタリーというよりは群像劇を描いているつもりです。今後、食育をテーマにしたドキュメンタリーは撮ってみたいと思っていますが、やっぱりフィクションを積極的に撮っていきたいですね。

bykana

NEWREELの編集者。コツコツと原稿を書く。

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