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オープニングで考えるアニメーション
「新世紀エヴァンゲリオン」の巻(1)

細馬宏通 Aug 4 2020

「映像研には手を出すな」のOPアニメーション分析で話題となった細馬宏通さんの記事が連載化! 今回は1995年のTV版「新世紀エヴァンゲリオン」のOPを細かく切り取って考えてみましょ〜の第1回目。

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新世紀エヴァンゲリオンOPの身体性

1995年のTV版「新世紀エヴァンゲリオン」は、放映開始後から一大ブームを巻き起こしましたが、本編のみならず画期的だったのはそのオープニングでした。

まず圧倒されるのは、異様なほどの密度です。わずか90秒足らずの間にもはや視認が不可能なほど叩き込まれるカットの連続、画面いっぱいに表れる市川崑ばりの大きな字体、まるで遠い記憶のように差し挟まれるスケッチ。その謎めいた構成は、毎回観るほどに惹きつけられるものでした。このアニメに魅了された人なら、一度は録画したオープニングのカットを一つ一つコマ送りで確認した経験があるのではないでしょうか。

歌詞とアニメーションとのリンクも巧みでした。「羽」ということばとともに初号機の背中に現れる白い線画のような羽、「少年よ神話になれ」ということばとともに青空を振り仰ぎ、歯がみをし、ライトに照らされ、にこやかに笑うシンジの顔…からの天使文字など、歌のことばと映像はあちこちでイメージの手を触れあわせています。

そして、わたしが当時何より圧倒されたのは、アニメーションと音楽のシンクロ率です。16ビートのこの曲の些細だけれどぐっとくるフレーズを、アニメーションは心憎いほど拾い上げてくる。たとえば、「その背中には」の直後に奏でられる四拍のシンセの和音に対して、碇ゲンドウ・葛城ミサト・赤木リツコ・綾波レイの四人が現れてはフェイドアウトしていく演出、「飛び立つ」で連打される16分音符のスネアとともに矢継ぎ早に繰り出されるフラッシュカット、ほとばしるの「と」のスラップ音に合わせて弐号機が両腕でバシっと構えるプログレッシブ・ナイフ。歌の意味内容だけでなく音楽のいちばん気持ちのいいところに力を注ぎ込みリズムを感じさせる編集マナーはじつに身体的で、のちにダンスの世界で言われるようになった「音ハメ」の感覚を先取りしていたように思います。

とはいえ、放映後25年が経ち、もはやエヴァの魅力やその物語の謎解きは語り尽くされた感があります。オープニングについても、全カットの内容を記したサイトがいくつも見つかり、もう考察の余地はなさそうに見える。

しかし、です。アニメーションと音楽がどのようにシンクロしているのか、いや、実はしていないのかという問題については、わたしの知る限り、まだそれほど語られていないように思うのです。というわけで、今回はエヴァのオープニングについて、カットの内容だけでなく、カットの時間構造と音楽の符割りを見ながら、その魅力をさらに掘り下げてみましょう。

イントロに見るエヴァOPの精度

まずは、全体像を見てみましょう。前半、複数の作画を組み合わせるカットがいくつかありますが、それらを便宜的にひとまとまりに扱うと、全部で89カットあります。図から分かるように明らかに密度に偏りがあります。全体を3等分すると、最後の1/3の部分、歌詞で言うと「残酷な~」以降の部分に68カット、実に全体の7割以上のカットが注ぎ込まれているのです。アニメーションと音楽のシンクロ率について語るなら、まずこの終盤の盛り上がりについて調べればよさそうな気がしますよね。

新世紀エヴァンゲリオンOPの全カットの長さと音楽のビートとの関係

けれど、ここではあえて回り道をして、歌が盛り上がる前の部分、つまり、タイトルから前半部までをまずは考えてみます。というのも、当時わたしはこの時点ですでにもう、身を乗り出していたからです。

歌の冒頭はアカペラで、ゆったりと歌われます。この部分ですでに

「ざ」(暗闇に青い閃光)
「んこくな天使のように」(赤い背景に天使図)
「少年よ」(青い背景に生命の樹)
「神話になれ」(青い炎)

と神話性を示す4つのカットが、歌詞の切れ目と同期して交代していきます。ここは歌詞とアニメの結びつきの強い箇所ですね。

まず注目したいのはその次、カット5からカット6です。ここからの展開が、通常のOPによく見られる、音楽の1拍目に合わせるやり方ではなく、2拍目にアクセントを置くように進行していくのです。どういうことか。

アカペラが終わって、ドラムがタムで2拍分フィルインを叩くのに合わせるように、モノクロのパターンが目くらましのように入ります。ただ歌詞に合わせるだけでなく、こういうちょっとしたフィルインに絵を合わせてくるところからして、「あ、この絵コンテはかなり音楽を意識しているな」と感じさせるのですが、おもしろいのはその次です。定石では、イントロの最初の1拍で、タイトルをばーんと可視化するべきところを、あえてモノクロの中にうっすらとアルファベットを表すだけにしてあるのです。多くの人はこの時点ではほとんど何と書いてあるのか読めないでしょう。「あれ?」と思った直後、2拍めでアルファベットは黒地にしろい反転し、「EVANGELION」のロゴがくっきり浮かび上がります。小節のどアタマでは「あれ?」と思わせて次の2拍目にバンと重要なことを叩きつけるこの感じは、またも繰り返されます。オレンジ色で「エヴァンゲリオン」と日本語のロゴが重なったあと、閃光が1拍目に光って「ん?」となったあとに「新世紀」が出る。2拍目ジャストでカットが切り替わるので、音楽のビートには乗っているのです。乗っているのだが、あえてアタマをはずしている。

2拍目に叩き込まれる歌詞と映像

そして、エヴァOPの序盤の驚きが来ます。イントロの終わった直後のカット7。観る人は歌の始まる小節の1拍目で、いよいよ映像がぱっと本編に切り替わるのだろうと期待するところです。なのに、またしても肝心の1拍目に閃光がきらめく。ロゴが見えなくなって「あれ?」と思った直後に、これまでの黒を基調としたタイトルバックから一転、一面の青空と白い雲にカットが切り替わる。まさにこの瞬間、小節の2拍目に高橋洋子が「青い」と歌い出す。予想外のタイミングで突然の青空が現れ、同時に「青い」ということば響くことで、青のイメージがいやが上にも強調される。心憎い演出です。

さらに続くカット8、「そっと」の部分でも、やはり1拍目は背景色だけクロスフェードで変えておき、手のシルエットは2拍目に現れます。その手の繊細な動き出しはまさに「そっと」というオノマトペに似つかわしく、先の「青い」という視覚イメージとは対照的に「触れる」という触覚イメージを喚起します。このOPの序盤が、1拍目でなく2拍目にイメージを表すことで歌詞との関係を濃くしていることはもはや明白でしょう。

このように、エヴァのOPは、比較的カット数の少ない前半部でも、切り替えの位置を小節の頭からずらすという油断ならない仕掛けを埋め込み、見る者の予想を裏切りながら、映像と音楽の関係を緊密にしているのです。この調子で進んでいくと、後半の盛り上がりはどうなってしまうのか。

ではいよいよ次回、その後半部の怒濤のカット割りについて考えてみましょう。

早稲田大学文学学術院・文化構想学部教授。日常生活やメディアにあらわれるさまざまな声と身体の動きを研究している。著書に『いだてん噺』『今日の「あまちゃん」から』(河出書房新社)『ELAN入門』(ひつじ書房)、『二つの「この世界の片隅に」』『絵はがきの時代 増補新版』『浅草十二階 増補新版』(いずれも青土社)、『介護するからだ』(医学書院)、『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』(新潮社)『うたのしくみ』(ぴあ)など。

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