──勝手な印象ですが、田島監督といえば、静謐な空気感と直線的なビジュアル演出に加えて、技術的な挑戦もどこかに取り入れた作品群が印象的です。「reiji no machi」も田島さんらしい作品だと思いました。
田島太雄(以下田島) 過去に作ったtofubeatsのMVの「朝が来るまで終わる事の無いダンスを」や、Gurun Gurun 「 Itsuka no Hoshi」が下敷きになっているからかもしれませんね。パソコン音楽クラブのお二人から、これらのような「街」をテーマにしたMVを作って欲しいというお話をもらって。
「reiji no machi」は、パソコン音楽クラブの2枚めのアルバム「Night Flow」からの曲なんですが、アルバム自体が夜の街がテーマ。夜、独りでいるときの高揚感を映像にしたい、ということでした。「朝ダン」の舞台のスケール感って街全体なんですね。比較的規模が大きい絵を意識して作っているんです。「 reiji no machi」という曲の持っている世界って、もっとパーソナルなもの。街の中をクルマで疾走するというよりは、散歩しながら見る夜の街というのがしっくりくると思いました。
夜、人がいなくなった街がやたら清潔に見えることってないですか?遠くの方に見える自販機の明滅や、アスファルトに反射する光…。当たり前過ぎて誰も気がつかない。僕はそういうのが、すごくきれいだなって思うんです。その感覚へのシンパシーが、パソコン音楽クラブ楽曲にも感じられるんです。夜を歩いていて「あ、きれい」って思うものって多分似ているんだろうなって、直感を大事にして撮影していきました。
──過去の作品が評価されての発注は嬉しい半面、監督として同じことをやるというのはモチベーション的にどんな気持ちですか?
田島 それで言うと、街だけを撮るのは、自分が飽きちゃうんじゃないかと。これまで人を登場させたMVを作ってこなかったんですが、はじめて主人公目線を入れて中心点を取り入れることにチャレンジしています。一応登場する女の子目線だけど、感覚としては匿名性のある目線。もしかしたら、自分の目線かもしれないっていう加減を主演の高田静流さんがうまく演じてくれました。
──技術的にはどうでしょう。カメラワークが特徴的だなと。回り込んで切り取られた、写真のようなバレットタイムのような、3DCGのような……。
田島 ずっと個人的に挑戦してみたいと思っていた表現があって。街のパーツたちをただカメラが回り込むだけで一本の映像を作れないかなって考えていたんです。でも、そういうことが出来る機材ってないんですよね。その頃出たばかりのRonin-SCというジンバルを買って使ってみたところ、これなら人力でなんとかできそうだなっていう手応えがありました。でも、「 reiji no machi」に落とし込むには、「朝ダン」をなぞるだけにならないように遊びたい。じゃあ、回り込むっていう動きを工夫しようと。例えば、スマホをグルって並べて一斉にシャッターを切ったら、同じ回り込むけどちょっと違った感じが作れるかな?でも、実際にどう組み立てるかわからないままに、無邪気に右左見(拓人)さんに、「こういうのってどうやってやればできますか?」って(笑)。
──右左見さんは、「あ、できるな」って感じだったんでしょうか?
右左見拓人(以下右左見) 自分が趣味で取り組んでいたフォトグラメトリーと田島さんのアイデアを組み合わせるとできそうだなって最初は思いました。なんですが、街を舞台とした場合、背景の関係上データのエラーが出やすくて、田島さんの狙っているシュッとした感じがでるのかな?という心配があって。それで別の方法も考え始めたました。
フォトグラメトリーで撮影したテクスチャ素材をベースにCGで仕上げていった作品群。他にもマクロ撮影した石の表面をつかった作品など見ごたえのあるものが並ぶ。URL: https://www.behance.net/gallery/73464149/imageFiles
不思議な世界を生み出したカメラワークの秘密。
フォトグラメトリーとバレットタイムのハーフ!? USAMIリグ誕生
「USAMIリグ」。スマホ・カメラを使った、機動性、耐久性、簡単な防水性を考慮したリグの完成。
──それでたどり着いたのが、自作のリグ(カメラ撮影装置)!ここでは「USAMIリグ」と呼ぶことにしましょう。
右左見 手をフォトグラメトリーでテストしたんですが、(被写体が)やはり完全に静止することってない。そうすると、データとして不完全なものしか上がらない。じゃあ、静止した状態をキャプチャーするために、カメラが大量にありればいいんじゃないかっていうところから、バレットのアイデアが出てきたんです。でも、大掛かりなスタジオで精密なデータが必要な企画ではないし、模索の中から、「簡易的に持ち運びできるようなバレットの装置が作れたらいいんじゃない」という結論に至りまして。
田島 フォトグラメトリーだとCGの作業量も莫大になりそうだから、バレットタイム的な手法で、一斉にシャッターが切れれば、10台あれば動物でも撮影できるぞと。座標のズレもなくいけるんじゃないかと。絵はフォトグラメトリーで有機的だけど、カメラワークは無機質になるのも面白い。一斉にシャッターを切る装置はできそうだから、それを使って面白い遊び方を考えて、ここに至ったというわけです。
スマホを使ったUSAMIリグの開発物語。
──確かにネコもビデオに登場しますね。スマホをのカメラ機能をつかっていますが、持ち運ぶという性質上スマホ撮影縛りで考えたのですか?
右左見 スマホ前提で、いくつか選択肢が考えられました。一つはスマホのアプリを使う方法。Wi-Fiに繋がっていれば同時シャッターを切れるアプリを探したのですが、4台までしか対応していないことが判明しました。二つ目はBluetoothのリモコンを使えば気楽に(シャッターを)切れるのですが、一つのリモコンで複数台同時に操作するのは難しいということが判明しました。三つ目は超音波シャッター。リモコンが超音波を出すとスマホのマイクがそれを拾ってシャッターを切るというのがあるのですが、アプリの精度がよくなかったんです。
田島 アプリ側も複数台同時にシャッターを切るっていうことを想定してませんからね。
右左見 四つ目がイヤホンを通してシャッターが切れる機能。だいたいのスマホには標準装備されているので、それを応用して使う方法。ここまでくるともう引くに引けない(笑)。で、イヤホン端子経由でシャッターをきる既成品を買って、一台にしか対応してないから、分解して回路を解析して回路を作り直して、その回路のコントロールをArduinoを使って作り、10台のリモコンを1台のマシンから同時に操作できるようにしたのがこれです。この時点で自動的にリグありきになりました。そうすると、好きな場所にもっていって撮ることも可能になると。
アーケードゲームのボタンを流用したシャッターボタン。少々乱暴に叩いても大丈夫なタフなつくりだ。ここから10個のコントロールセンターArduinoに信号が送られる。
田島 機構をみても、ケーブルの逃し方が美しいんですよね。現場でひっぱられて切れないように仕立ててくれていたり、雨に濡れないように上部に蓋をつけてくれたり、造形物としてよくできているんですよね。誰でも扱えるように、ケーブルが抜けづらいように考えられていたり。
──さすが、元設計者さんですね。
右左見 そこは3Dプリンターが優秀なんです。
リモコンのシャッターを切る回路のクローン基盤が並ぶ。
──スマホの機種は何をつかっているんですか?
田島 Xperiaをつかっています。マニュアルフォーカスができるのがポイントでした。色温度も選べるし、マニュアルでシャッタースピードも設定できます。オートだと一枚一枚のピントやトーンがバラバラになってしまうんです。個体差が出るとあと処理が大変になりますから。解像度も5056×3792あるし、レンズが広角なのもよかった。
右左見 標準のカメラアプリとしては優秀で、この完成度の高いカメラアプリを使わない手はないですよね。このレベルを開発するのはめちゃ大変なので、ハードウェアハックでいこうという判断はありました。
撮影現場の話
屋外での撮影を想定しつつも、重量が取り回しの負担にならないように素材にはABSを選んだ。他にも特殊なトルク蝶板を使って、好きな角度を調整した状態で固定できるよう工夫がなされている。実際の撮影は3名のフォーメーションにより行われた。メイキングはこちら。
──実際に使ってみてどうでしたか?
田島 解像度が高く広角レンズなので、撮影後の編集時に回転の中心点をある程度自由に決めれるという発見が面白かったです。なにより、時間が止められるという表現はやっぱり楽しいです。だってネコが撮れるんですよ。しかも、回り込みの角度が自在だから、上から回り込みで撮る事もできます。そんな装置ってなかった。
──逆に大変だったことはありますか?
田島 持ち運べるけど、最低三人はいないと撮れないんです。三人でそれぞれの角度からスマホが被写体の中心点を向いているか確認して、調整してシャッターを切る必要がある。
右左見 そうそう、反対側のスマホの画面は見えないんです。それと、スリープ機能をオフにできなかったので、こっちを撮っていたら別のスマホが…
田島 寝ちゃう。スリープ機能を切るとバッテリーが持たない問題が発生して、どっちをとるかっていうね。
──回り込みの表現は理解できたのですが、さらに、カメラワークがついているのはどうやって撮影しているのですか?
田島 このリグだけじゃなくて、Ronin-SCで撮ったものが混ざっているんです。なので、より不思議な感じに仕上がっているんだと思います。曲のパートで分けて撮影していて。右左見さんにリグを作ってもらっている間に、Canon EOS 5DでRonin-SCパートをずっと撮影していました。
──これはシステムを変えればバレットタイムもできますか?
田島 連射にすればいけそう。
右左見 プログラムを書き換えたほうが、後処理が楽になりそうです。
撮影後はどうしてる? ポストプロダクションの話
田島氏と右左見氏のコラボ作、渋谷スクランブルのプロモーション映像
──後処理についてですが、結構作業ボリュームはあるんですか?
田島 After Effectsで(タイムライン上に)並べるだけです。
右左見 10枚のシーケンスファイルと思っていただければいいですね。
田島 10枚だと1秒にも満たないので、一枚一枚の間をTwixtorで描いて3秒くらいに伸ばしています。
映像の表現に関しては、たくさんのアイデアはあったんですが、実際に採用したのが最後のシーンにある、女の子を増殖することでした。立ち位置を変えてポージングを何度かしてもらった撮影素材を合成しています。
──他のアイデアってどんなものがあったんですか?
田島 布を空中で撮影するだとか、水の落下を撮るアイデアとか。なんですが、演出的にギミック押しのMVにみえてしまうと狙いとズレてくるので、これくらいがちょうどいいかなと。別の機会に試してみたいですけどね。
進化版にも期待のUSAMIリグ。backspacetokyoってどんな集団?
──今後も使っていくかと思いますが、改良点はありますか?
右左見 まだ僅かに生じているタイムラグの精度をもっと上げていきたいですね。そうすると布の撮影なんかもうまくいきそうです。
田島 使用したスマホのソフトウェアのバージョンが統一されていなかったので、それを揃えるだけで解決するかも。
──ちなみに、右左見さんの守備範囲は、ハードウェアとソフトウェア両方ですか?
右左見 強いて言えば映像でしょうか(笑)。backspacetokyoのメンバーは美大卒が多くて、映像制作も含め表現や、作品作りをしているのですが、自分はもともと建築設計事務所で働いてました。設計事務所のCGセクションでCGを作っていたのですが、それに飽きてプログラムを勉強しはじめ、気がついたらここにいるという感じなんです。だから、完全に映像か?と言われると、興味の対象としてあるのは事実ですが…。基本的には面白ければ何でもいいと思ってます。
──映像の現場をわかっているから、こんな構造設計にはじまり制御系までも作れてしまうのですね。
右左見 ハイブリッドですよね。建築って大量生産というよりも、一案件ごとにその場所に対して、この回答というように、すべて手作りしていくんです。昔使った、この考え方が使えるよねって言っても、結局のところ、クライアントも違えば、土地も場所も環境も違うのでそういう条件を加味していくと、テーラーメイドで作るしかない、手でこねてつくっていくしかないので、そういう意識が残っているのかもしれません。
──話は戻りますが、最後に、改善したいことが他にあればお願いします。
右左見 また次があるとしたら、カメラの角度を固定させるユニットを作ってそれをはめればいいようにしたいですね。「ちょっとそこ曲がってる・・・田島さん、もうちょっと左、あ~そこそこそこ」みたいなのは無くせるかな(笑)。あと4mmの穴も開けているので、持ち手をつけることも出来るようになっています。持ち手に限らず、何でもいいんですけれど。
田島太雄 Tao Tajima / Twitter @tao_tajima
東京のビジュアルデザインスタジオTANGRAMに所属するディレクター、兼、映像作家。3DCGソフトとモーショングラフィックスを活用した映像作品「Night Stroll」、tofubeatの「朝が来るまで終わる事のないダンスを」MVを撮影するなど、光を巧みに駆使した表現で何気ない日常の風景を一変させる世界観が特徴。
右左見拓人 Takuto Usami / Twitter @usm916
1979年生まれ.エンジニア、ビジュアル・アーティスト。
設計事務所で建築とCGに従事。表現手法としてプログラムを用いだし、VJ・映像制作をスタート。2015年よりbackspacetokyoに参加。ジェネラティブな表現、ビジュアル手法の立案、展示空間における演出を得意とする。ミラノサローネ、ロンドン・デザインフェスティバルにおける企業展示のテクニカルサポートを行いつつ、日々ビジュアル表現の可能性を方法論から模索しつづけている。
2015年にコードカルチャーに軸足を置いた取り組み・表現・活動をするフリーランスのユニオンとして発足。様々なバックグランドを持ったアーティスト・プログラマが在籍する少人数のプロダクションチーム。キーボードの「Backspaceキー」がモチーフ。これを沢山叩いている人 = 「沢山修正してアップデートしてる人」は偉い、という気持ちが込められている。自作のソフトウェア・ハードウェアを持ち込み、映像制作・コンサート演出、テクニカルサポート、VRシステム制作、VJ、R&D、常設展示設計、モバイルアプリケーション開発等、様々な場面でフットワーク軽く働く。