──児玉さんの事務所には、懐かしいアーケードビデオゲーム機だったり、歴代の楽しいガジェットで溢れていますが、パックマンも通ってきてますか?
ファミコンではもちろんですが、昔LSIゲーム機っていうのがあって、パックマンはそれで遊んでいました。今思うと、「JOIN THE PAC」の階段でシャッフルダンスをしているシーンの被り物が、まさにLSIゲーム時代のパックマンの形状ぽくて。無意識レベルで記憶に刷り込まれていたんでしょうね。
児玉裕一 映像監督。1975年生まれ。東北大学理学部化学系卒業。広告代理店勤務を経て独立。2006年より「CAVIAR」に所属。2013年9月「vivision」 設立。 CM、MVなどの演出を手掛ける。近作にHONDA「HONDA JET」 asics「ぜんぶ、カラダなんだ。」SoftBank「しばられるな」椎名林檎MV「鶏と蛇と豚」など。 リオ五輪閉会式の五輪旗の引き継ぎ式における東京パートのチーフ映像ディレクターを務めた。
──パックマンファンには楽しめるツボがたくさん散りばめられている映像に仕上がっています。いくつかこだわりポイントを教えてください。
1980年にパックマンが誕生したのですが、NETFLIXのドラマやドキュメンタリーの影響で個人的にもその年代にちょうど興味をもっていました。ヒップホップが花開いたのが80年代で、もし、パックマンゆかりのミュージシャンがいたらクラブはいったいどんな感じになっていたんだろう? というのを妄想していて。パックマンの「WAKAWAKA」サウンドをビートボックスやスクラッチで出してるグループがいたら面白なって。パックマンのキャラクター、ブリンキーやピンキーにちなんで5人組のチームを編成しました。チーム名は「Coffee Breakers(コーヒーブレイカーズ)」(笑)。パックマンの面をクリアすると流れる「Coffee Break」という小劇場(デモ映像)に由来しています。
途中で出てくる女性キャラクターはMs. パックマンです。パックマンの女の子版のキャラですね。大きな赤いリボンをして口元にほくろがあるのがトレードマークです。他にも、都市伝説でパックマンの形の元ネタと言われている”ピザ”や当時のポスターを貼ったりして、パックマンファンが何度も見ても楽しめる小ネタを入れ込んでます。
Coffee Breakersが着ているイカしたジャケットは児玉監督によるデザイン。
──楽曲はケン・イシイによるもの。ケン・イシイといえばテクノですよね?
そうなんです。そもそも”東洋のテクノゴッド”と呼ばれていらっしゃる方に対して、いきなりヒップホップの企画っていうのはどうんんだろう? って自分でも思いつつも、ご本人に提案したところ「面白いじゃん」って言ってもらえて(笑)。
でも、それがまた音楽ジャンルの垣根なく聞いている今を反映していて面白いと思いました。40年に渡って色んな世代が触れたカルチャーが凝縮され混沌としている空間を、今の高画質で表現すると面白くなるんじゃないかと。
「Bells of New Life」インスピレーションは
90年代の「机9文字事件」
Ken Ishii – Bells of New Life
dir: Yuichi Kodama’Bells of New Life’ (Video Edit)
Written and produced by Ken Ishii for 70 Drums. Original version is included on the album ‘Möbius Strip’ [U/M/A/A] (P)&(C) 2019 U/M/A/A Inc.
──同じくケン・イシイさんのMV「Bells of New Life」が公開されたばかりですね。
これもまた時代性がテーマになっています。もともとイメージした舞台は90年前後あたりで、ケン・イシイさんの「EXTRA」(95年 / dir: 森本晃司)がリリースされた時代。僕にとって90年前後と言えば、いとうせいこうの「ノーライフキング」のような、世紀末に向かっていく時代の漠然とした不安定さ。次々と進化するテレビゲームと裏技。環境破壊。ミステリーサークルやUFOなどの超科学/都市伝説といったもの。「EXTRA」のMVも子どもたちの話。大人にはわからない何かを子どもたちがやっているところを覗き見するような感覚にドキドキしました。いまの時代はなんでもインターネットですぐにわかっちゃうから、ドキドキが減っちゃいましたよね。でもそれは大人の感覚で、子供たちは日々新しいことに触れてドキドキしてるはずなんです。新しい知識を信じて実践して。どんどん新しい世界を切り開いてるはずなのです。今の子供たちには、今の世界があって、そこに僕たち大人が入れないこともあるよな。そんな気持ちで作りました。
──校庭に並ぶメビウスマークが象徴的ですね。
ミステリーサークルの代わりに持ってきたのが「机9文字事件」。知ってますか? 1988年に世田谷区の学校で実際に発生した事件で、警備員がぐるぐる巻にされてトイレに閉じ込められている間に、机と椅子が校庭に運び出されて、完成度の高い「9」の字が作られた。当時謎の事件として注目を集め、色んな都市伝説が流れました。光GENJI暗殺のメッセージだとか……。この事件は昔から気になっていて。なのでビデオでも警備員が教室に閉じ込められていたり、ケン・イシイさんのアルバム・ジャケットのアートワークであるメビウスの帯のモチーフを使ったオマージュなんです。
Ken Ishii – EXTRA/dir: Koji Morimoto
Premiere Proで一気通貫する
絵コンテ〜ビデオコンテ〜現場オフライン
──児玉さんは自分で手を動かすことが非常に多い印象です。
実は、コンテを書く時からPremiere Proを使用しています。まず曲を聴き込んで、音をカットして、それぞれのクリップをレイヤーに分けて配置します。音を図解化して理解しています。僕の場合はコンテの段階で全て決め込んで、その通りに撮影、編集をしていきます。コンテはこういう風になります。
──解説してもらえますか?
このコンテをヨコにしてみるとPremiere Proのタイムラインのシーケンスレイヤーになります(笑)。シーケンスを画面キャプチャして、それをコンテ化しています。下部のバーが楽曲をカットしたものなので、尺が正確です。音をカットしてレイヤーを分けていくことで、「ここでダンスがはいる」とか、自分のなかのIN点がどんどん出来上がってくるんです。自分の意図をまず視覚化するんですね。最初は絵が一つもない、このバーだけのところから始まります。それを見つめて絵コンテを考えます。
「JOIN THE PAC」は、曲の構成が明確に分割されているので……イントロがあって、Coffee Breakersの80年代のシーン、次のブロックはシャッフルダンスのシーン、そしてミズ・パックマンが登場して、最後のブロックで全員が混ざるっていう、シンプルな構成案を考えました。それをどうやって撮影するかを考えていく時にも、Premiere Proで音を視覚化したコンテが役にたっています。
──というと?
MVやCMって予算が限られているので、少しでも無駄のない撮影をしようというのが僕の信条。ワンシーンでも無駄なカットは撮りたくないので、必要以上の長さは撮影しない。それによって演者の体力も温存できるし、衣装や美術に予算を回したりできるので、結果作品のクオリティに返ってくる。「時間=お金」なので。時間軸を可視化するというのが大事なんです。
しかも、スタッフが明確に何を撮ったらいいのかがわかりますよね。例えば、5フレームしかないカットも2秒のカットも絵コンテにしたら同じ1枚で変わらなく見えます。5フレームに労力が注ぎ込まれすぎると非効率的。そういうことが事前にわかっていると、みんなが納得してやってくれるんです。時間軸を見せながらコンテを作るということは実はすごく大事なことだと思います。
もう一つ、撮影現場でやるのが、現場オフラインです。
──現場オフラインをする利点についても詳しく教えて下さい。
30秒のCMだとしたら、Premiere Proで時間軸を可視化したコンテを作った後、ビデオコンテをだいたい作っていきます。このビデオコンテには、このカットは何秒欲しいということが正確に反映されています。そのビデオコンテに撮影した実写の絵をどんどん差し替えていきます。MVもCMも完パケの尺が決まっているので、どんなにいい絵が撮れても、尺に収まらないと使えない。特にCMなんてそうですが、短い尺に演技や仕掛けがどれだけ同時に起こせるかっていうのが大事。現場オフラインでそれをチェックすることでミスが防げる。あとでこうしておけばよかったというのがなくなるんですね。
──なるほど! CMだとオフラインエディターさんが編集をやることも多い中、なぜ、児玉さんがほぼ自身でオフラインをするのか謎が解けました。撮影前にはすでにオフラインが……
完了しているんです。「Bells of New Life」でみてみると、ビデオコンテと完パケがかなりの精度で同じなのがわかると思います。もちろんタイミング的なこだわりもあって、ここは絶対こういう絵が来てほしいってあるから、他人にまかせてそれ以外のものがくると、悲しくなってしまうんだと思います。
左がビデオコンテ、右が完パケの映像。カットのタイミングなどほぼシンクロしている。
Premiere Proで編集する4K ProRes プロキシ
──近頃の制作環境について、扱う解像度はどうなっていますか?
撮影は4K、5K、6Kと作るものによってケースバイケースですが、4K以上での撮影がほとんどですね。そこから、オフラインはHDで編集して、オンライン編集で4Kに差し替えて合成やカラーグレーディングなどの作業をしたあと、HDで納品するというのが主流ですが、4Kでオフラインをすることもあります。「JOIN THE PAC」がその例で、REDのWEAPONを使って5Kで撮影をしました。収録時にRAWと4KのProRes プロキシを収録し、それを編集しています。4Kのプロキシ収録ができるカメラは、まだ限られていますが、最近はだんだん増えていますね。
その昔、SDで編集していたのがHDになって、今は4Kに移行しつつある、そんな過渡期なんじゃないかと思います。
──実際に4KプロキシをPremiere Proで編集してみてどうでしたか?
やったことある人はわかると思いますが、びっくりするくらいHD編集と変わらないですよ。逆に言うと、普段はMac Book Proを使っているのですが、4Kでもマシンをアップグレードする必要もなく、作業スピードも重いとか、遅いって感じることもないんです。高画質で編集できるっていうのはすごくいい。「Bells of New Life」は 、スタビライザーを多用したり、普段も拡大&トリミングして使う機会が多いんです。HD素材でのオフラインだと、どこまで拡大できるかを想像するしかなかったのですが、実際に4Kでオフライン編集ができることで実際にシミュレーションしながらデスクトップ上で確認ができるのはすごく良かったです。さらにAfter Effectsまで自分でやって完パケするケースだったら、更に便利だと思います。
──無駄の生まれない撮影ということは、撮影素材は大量には無いイメージでいいんでしょうか? だから4Kでもサクサクと動いたのかなと。
撮影素材は結構な量です。「JOIN THE PAC」で言うと、1アングルが3〜4分の長さだとして引き、寄り、アップなどなどいくつもテイクを重ねてます。撮影は、説明するとちょっと複雑なのですが、「アングルA Coffee Breakers側」の撮影をするとします。そうすると確実に映らない場所がありますね。それが仮に「アングルCのMs. パックマン側」だとしましょう。そこで、Ms. パックマンが登場する場面の音楽は抜いた楽曲を編集して作って、「アングルA」のシーン1、シーン2とどんどん撮っていく方法をとっています。そのほうがセッティングにかかる時間ロスを抑えられ、現場での効率化が図れます。撮影素材を最終的にPremiere Proに取り込んでタイムライン上に縦に積んでみたところ、11レイヤーに積みあがりましたが、作業の体感はHD編集と何も変わりません。ProResなのがよいのかもしれません。
取り込んだクリップ数は130点
──Premiere ProはProResに最適化していますからね。
それと、作業するコンピュータもMacなのでAppleのProResコーデックには強いんだと思います。レイヤーのON-OFFもプロジェクトを走らせながら、しっかりとついてくる。本当に4Kか?ってデータ情報見直したくらいです(笑)。
プロキシの解像度は3840 x 2160
──11レイヤーに積み上がったクリップをどうやって編集していくのですか?
ワンテイクごとに見ていき、いいテイクだけ残します。それを全レイヤーでやっていくと、お気に入りばかりが残りますね。今度は、お気にいり同士のつなぎたいカットの組み合わせを見つけていきます。すると、この11レイヤーが編集をしていく度にだんだん平らに(レイヤー数が減って)なってきて、最後に1本になるという流れです。
──過程で小さな完パケを作りながら、統合していくと、いつの間にか編集が出来ている。
そうですね。粘土をこねている間にできあがっていくような? 人それぞれ色んなやり方があると思いますが。
Premiere Proでのオフライン編集画面
After Effectsを愛してます。エンドロールのこだわり。
自称”エンドロール職人”と言う、児玉監督お手製のエンドロールもパックマンが満載!
──「JOIN THE PAC」のエンドロールにもパックマン愛を感じます。
僕のお手製です。僕はAfter Effectsでエンドロールを作るのが趣味なんです。After Effectsを愛しています。3.1ver.からのヘビーユーザーです。
エンドロール職人としましては、いかに作品の後味をエンドロールに込めるかに凝っていて、全編パックマン風にしています。ゲームの起動画面に現れる”白い格子状の線”を入れ込んだり、スリープモードの時に流れるゲーム紹介に倣って、このビデオのキャスト紹介をしたり。今回はそういったレイアウトとフェードイン・アウトのエフェクトにこだわりました。
──エンドロール職人(笑)。もうひとつのフェードイン・アウトのこだわりとは?
エンドロール職人としてのこだわりは、昔のフェードイン・アウトの再現具合。「ストレンジャー・シングス」でもやっていますが、80年代の映像でテキストがフェードアウトする時、シルエットが赤黒く画面ににじむと言うか、焼き付いたような後が残ってから、最後黒になってバチって落ちるのです。まあ自己満足ですけど。画質を劣化させる手法のみに頼らず、映像に時代感を出す方法を模索中です。
──「JOIN THE PAC」「Bells of New Life」ともに、80年代、90年代の時代の空気感が高画質で楽しめました。児玉監督の編集の秘密もたっぷりうかがえて面白かったです。ありがとうございました。最後に、児玉さんのデスクトップ、どこに何があるかわかっているんですか??
わかってません。だからいいんです。いつ何と出会えるかわからないランダムさがいいんです!