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若手。女性。その先にあるもの。
デビュー映画「夜明け」、広瀬奈々子監督インタビュー (ネタバレあり)

kana kana Feb 25 2019
撮影 池ノ谷侑花(ゆかい)

夜明けとともに始まり夜明けで結ぶ、広瀬奈々子監督の商業長編デビュー映画「夜明け」。映画監督である是枝裕和と西川美和が2014年に設立した制作者集団「分福」からのデビュー第一号ともなる。愛弟子と呼ばれる彼女の胸中はプレッシャーなのかチャンスに湧くのか?聞き手に武蔵野美術大学の後輩にして映画オタクのJO MOTOYOさんも迎え、ハンサムな広瀬監督のインタビューをお送りする。

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広瀬奈々子(監督/脚本)
1987年生まれ。神奈川県出身。武蔵野美術大学映像学科卒業。2011年から制作者集団「分福」に所属。是枝裕和監督のもとで監督助手を務め、「ゴーイング マイ ホーム」(12年/関西テレビ・フジテレビ)、「そして父になる」(13年)、「海街diary」(15年)、「海よりもまだ深く」(16年)、西川美和監督「永い言い訳」(16年)に参加。本作が映画監督デビュー作となる。

柳楽優弥がキャスト決定で動き出した脚本

JO 広瀬さんは大学の先輩で、在学中から噂の人でした。「すごい子供のシーンを撮る人がいる」って噂になっていました。まずは公開おめでとうございます。

ありがとうございます。観てくださった方から、温かい感想や、長くて熱いお手紙をいただいたりして、とても励みになっています。

JO 公開から約一ヶ月ほど経ちましたが、どんな肌感ですか?

映画って公開しちゃうと、もう自分のものではなくて、意図とは違う解釈されることもありますし、独立したものになるんだなっていう印象です。

JO クランクインは緊張しましたか?

緊張してたかな~。すごい緊張しいですから(笑)。前の夜は眠れませんでした。監督が緊張すると、役者さんにも緊張が伝わって、スタッフにも伝わって、緊張感が満ちていく…なんの得にもなりませんね。すごく準備すればするほど上手くいかないものなんですよね。ですが、現場に熱中し始めると緊張するのも忘れちゃう、そういう精神状態になります。

「夜明け」予告編 2019年/日本/カラー/HD(16:9)/5.1ch/113分
監督・脚本:広瀬奈々子
出演:柳楽優弥、YOUNG DAIS、鈴木常吉、堀内敬子、小林薫
製作:バンダイナムコアーツ、AOI Pro.、朝日新聞社 配給:マジックアワー
(C)2019「夜明け」製作委員会

JO 学生のときに比べて、作品、または自分自身がどう変化してきたと感じていますか?

学生の頃は自分のことで頭が一杯。子供をメインに描いていて、子供を一生懸命やったぶん、大人は描けていなくて。視野が狭かったと思います。逆に「夜明け」の脚本を書いていた時は、どちらかと言うと哲郎さん(小林薫)側の気持ちに寄ってしまって、主人公が上手く描けなかったんです。そういう意味では見る視点や、精神年齢が明らかに変わってきたんだろうなって思いますね。その上でどうやって、シンイチ(柳楽優弥)世代をどう描くかってことを考えていったので、その違いは大きいかと思います。

JO 執筆中に何度かお会いしていますが、とても苦戦されていた印象でした。

主人公がかなり受け身で、自分の意思で行動するタイプの人間じゃないのでなかなか動き出さなかったんですよね。彼の意思でどっちに進むっていうのが見えない。どこに着地点があるか見極められなくて。

──人物描写で苦戦されたとのことですが、どれくらいの間執筆に費やしたのですか?

1年半ほどかかりました。後半に主人公のキャストに柳楽さんが決まってから、彼の持っているものを借りて書き進めました。彼の中にある、それでもなんとかしなくちゃ、それでもなんとか生き延びてやるっていう強さみたいなものが、主人公が抜け出そうとするエネルギーになっていったのなかなって思います。

社会に出て挫折した弱い人間を主人公にしよう

(c)2019「夜明け」製作委員会

あらすじ

地方の町で木工所を営む哲郎(小林薫)は、ある日河辺で倒れていた見知らぬ青年を助け、自宅で介抱する。「シンイチ」(柳楽優弥)と名乗った青年に、わずかに動揺する哲郎。偶然にもそれは、哲郎の亡くなった息子と同じ名前だった。シンイチはそのまま哲郎の家に住み着き、彼が経営する木工所で働くようになる。木工所の家庭的な温かさに触れ、寡黙だったシンイチは徐々に心を開きはじめる。シンイチに父親のような感情を抱き始める哲郎。互いに何かを埋め合うように、ふたりは親子のような関係を築いていく。だがその頃、彼らの周りで、数年前に町でおきた事件にまつわる噂が流れ始める──。

──「夜明け」を撮る一番のモチベーションは何だったのでしょう?

私自身、大学を卒業してから半年くらい就職もせずに宙ぶらりんの時期がありまして。卒業した年には震災があり、そういった経験から社会にでて挫折した人間を主人公にしようと思ったのが始まりです。挫折した人間の、社会との関わり方、人との関係性を描いてみたいと思ったんです。先にあった映像作品は、卒業制作作品ですが、そこでは少年の内面を描いたのですが、本作はより関係性に焦点を絞っています。

ある意味非常に権威的な人間とそれに従うことしか出来ない人間の構図。それは社会をなぞらえてもあります。自分にとって「震災直後をどう生きるのか」ということを、ずっと考えていた大きな出来事だったんです。意識しなくても意識の底に溜まっているという感覚があって。当時、自分が抱いていた世界観というのは「夜明け」の中にもあるんじゃないかと思います。

──震災直後のその間はどういうことを考えて過ごされていたんですか?

丁度、父親を亡くした時でもあり、兄も就職が決まらず、母親は専業主婦だったので、家に迷惑を掛けたくなくて、日々の生活のお金を稼ぐことしか考えてなかったですね。未来のことを思い描く余裕はなかった。「絆」とかが叫ばれていましたよね、そういうプロパガンダ的な宣伝文句に、非常に違和感を覚えました。テレビをつけると、応援ソングが流れ、感動モノドキュメンタリーが増えて、自粛ムードのなかでそういうものが溢れている違和感。そういう背景もあって「夜明け」は、ただ美しいだけの物語にしたくは無いと思っていました。人間って弱い部分、残酷な部分を持ち合わせているもので、エゴを描きたいというか。手を差し伸べて、救い救われる関係性じゃなくて、善意の裏側にあるエゴを掘り起こせたらなと考えていました。

──主従関係を哲郎世代、シンイチ世代という、2つの世代から同じような圧力で描いていらっしゃる。

人の見え方が変わるようなものを作りたいと思っていました。はじめは、主人公のシンイチが何者だかわからない。名前さえもわからない中、彼の佇まいだけが「何かやらかしたに違いない」と匂いを漂わせている。しかし、物語が進んでいくと、だんだん普通のどこにでもいる悩める青年に見えてくる。それに対して哲郎は気のいいおっちゃんだったのに、だんだん狂気じみて見えてくるという対比。強いと思われていた側も実は弱くて、弱いからこそのエゴがある。他人になにかを許容するというのは強さからではなくて弱さからくるものなのかなと思います。私達は人の一面しか見ていないというのを映像で体現できないかなとイメージして取り組んだんです。

──ご自身は意識していらっしゃらないと思いますが、この逆転していく関係性、狂気を孕んだ気持ちを恋愛になぞらえてみている人もいたのではと思います。

結構聞きます、そういう感想。自分の中では全く考えてもいませんでした。現場では(小林)薫さんが演じていく中でよく恋愛に例えておっしゃっていました。ひとつの単なる好意が、どんどん依存と執着に変わっていく。それは、自分の子供ではないからこそだと思うんです。「オレにはお前が必要なんだ」とか実の息子にはなかなか言えないと思うんですね。擬似親子だからこそ疑似恋愛っぽくなっているのかもしれません。

JO 個人的にはラストシーンは意外な展開でした。

ラストを海で終わることもできたんですけど。海で終わったほうがいいという意見もスタッフからはありました。なんですけど、海のラストって映画っぽいじゃないですか。そういう気持ちよさを与えて終わりたくないなと。それで終わっちゃうのは、この映画には合っていないような気がして、少し消化不良な終わり方にしたかったんです。その先も人生は続いていくし、スッキリせずにこの先もきっとずっと背負い続けていく。これから人生が始まるんだろうなっていうことにしたかったんですね。

現場のはなし

JO 現場のお話も聞かせて下さい。クランクインの時、現場の空気感をイメージしていきましたか?これまでも是枝監督や西川監督の現場もみてこられています。

お二人とは全然違う現場にはなったと思っています。ただ、空気感ってイメージしてもそのまま再現できるものではないので。ゆるいところはゆるく、緊張感のあるところは緊張感をもってという感じでした。撮りながら変わっていったところたくさんもあります。

──順撮りで撮影しているのですか?

はい、話が進むに従って、(シンイチが)髪を染めたり染め戻したりするので、黒髪ブロック、茶髪ブロック、黒髪ブロックという感じで、アタマから撮影しています。

JO 現場の中で迷った場面はありましたか?

たくさんあるとおもいます。そういうときは役者さんやスタッフからサインがおくられてくるので、きちんと対峙して話し合う時間を作るようにします。

JO 経験豊富なすばらしい役者さんらがご出演されています。役者さんがひっぱっていってくれるという感じもありましたか?

そういうところもあったと思います。現場では私が一番新鮮な気持ちでいたから、私が迷ったりしていると、役者さんもアイデアをくれたり。みんなで良くしようとしていた、モノづくり感のある現場でした。

──そういった中、セリフを現場で変えていくこともあるのですか?

ベースは1年半かけた脚本に書いた言葉です。現場では語尾や言い回しを役者さんが言いやすいように変えてもらう程度です。現場では、役者さんから出てきたお芝居というのは沢山取り入れています。例えばシンイチが自分のことを初めて告白するシーン。

ト書きには

手で自分の顔を叩いている。
哲郎がその手をとめる。

ということだけを書いていました。テストで、哲郎がいきなり抱きしめたのでわっ!って思いました。それは薫さんから出てきたものでした。そういうディスカッションは日々ありました。

「おっかけ」と「ひっぱり」でカメラを使った心理描写

(c)2019「夜明け」製作委員会

──スタッフィングについても教えて下さい。初となる広瀬組、どう作っていったのですか?

プロデューサーと相談しながら二人で決めていきました。意図的に、是枝組からずっとやっていた人と、そうじゃない人とを混ぜ込んでいます。是枝組、西川組を経験していく中で私との関係性がある人を選んだり、面識のない方でもスタッフに教えてもらったりしながらです。

──その中で、フィクション初となるドキュメンタリーカメラマンの髙野大樹さんに託されたものは?

ある意味挑戦でした。三脚をつけて切り取って行くようなものも考えたりはしたのですが、手持ちのほうが髙野さんの良さが生きると思い、手持ち&長回しで撮っていく方法選びました。サイズが中途半端だったり、妙な距離感だったりするんですけど、ちょっとなめまわすような、人間を不気味にホラーっぽくみせるのがテーマのひとつでした。だからあまり見たこと無いものになっていると思います。髙野さんとは、カメラを一つの眼差しとして扱っていこうと話し合った上で、ポジションは現場で決めていきました。ライティングもなるべく焚かず、暗いところもありますが、見えないところは見えなくてもいいという考え方です。

──公開記念トークでは、回想を回想シーンを描かずに語るように意識的作られたそうでうが、他にも映像表現で取り組んだことはありますか?

髙野さんと話したのが、最初は追いかけていくようなイメージで、後半はひっぱりのイメージ。前後半で見え方の変化をカメラで構成できないかということ。それがひとつの狭い視野のようにみえるといいなと考えていました。

若手。女性。その先にあるもの

洋画を観て育った広瀬奈々子監督。「夜明け」で影響を受けたの作品にダンデルヌ兄弟(「息子のまなざし」2002年)を上げている。学生のときはカメラマンの道も考えたそうだ。

JO 映画を見終わった後の「後味」って、監督の性格がすごく出るような気がしていて。広瀬さんの後味はこれなんだって。広瀬さんらしさを感じました。

そうかもしれないですね。私の個性かもしれないです、あのラストにしたっていうのも。もやもやした、煮え切らない…(笑)。

──それこそがこの映画の主眼と感じました。寄り添うような映画というか。ところで、柳楽さんのデビュー作が是枝映画「誰も知らない」(2004年)、広瀬さんにとっても親のような是枝裕和監督です。この映画を自立宣言としたいとおしゃっていました。完成してみていかがでしょうか?

柳楽さんはすでに自立されていると思うので、私自身の意識の問題ではあるんですけど。どうしても(分福に)入ったときから是枝さんに監督になることを前提に話をされてきましたし、そういうプレッシャーと、是枝さんにデビューさせてもらったという事実。宣伝でも是枝さんの愛弟子という言い方をしていますし、取材でも是枝さんのことが大半で、それは宿命だと思っていますけど、精神的には、この作品をつくることで、「是枝さんと同じじゃないですよ」という表明が出来れば良いなと思っていて。これからも、是枝さんはじめ分福とは関わり続けますが、精神的には一人の作手として、あまりそこにとらわれずに作品作りが出来ればいいと思っています。

JO 今、SNSの力もあって世界的にも若手監督の活躍が目覚ましいと思うのですが、客観的にご自身の置かれている環境、作る側の環境についてどう思いますか。

私自身の環境から話すと、非常に恵まれていて稀有だと思います。立派な土台があって、「夜明け」にしても、是枝さんの影響力の下作らせてもらっているわけで。他の人から見るとすごく贅沢に見えると思います。海外からすると「それだけしか無いの?」って言われるんですけれど、デビュー作にしては、国内では予算が多い方だと思うんですね。まぁ「新人なのに恵まれていますね」という、若干嫌味のこもった言い方をされることもあったりします。ですが、あまりそこに卑屈になるのも変な話で、これがスタンダードであるべきだと思うのです。広い目で見ると日本って貧しくて、貧しいことを自慢にしがちな国民性なんで、それってどうなんだろうと思います。

今は若い人がどんどん出やすくなっていて、20代でデビューする監督も増えています。それ自体はチャンスに繋がっていくし、素晴らしいことだと思いつつ、反面「若い」とか「女性監督」とか売り物にもされやすい。消費されて終わっちゃう傾向もあったりします。一年に公開される作品数が増えれば増えるほど、小さい映画はどんどん貧しくはなっているんです。そこから生き延びるためにどうしたらいいかというのは、作り手の一人ひとりが考えていかなくてはいけない課題ですし。観客側も「若さ」を消費するだけじゃなくて、監督を育てるような目を持った観客になっていかなくてはいけないのではないかと考えます。

──分福という場所は広瀬さんにとってどういう場所ですか?

フリーの制作者集団で、いわゆる会社ではなくて、出入りも自由です。月一でアイデアやプロットを持ち寄って企画会議をしたり、刺激し会える場と捉えています。いまは(仕事や経験を)もらっているだけですが、自分も外と関係性を作って、映画だけにとらわれることなく挑戦していきたいと思っています。それをまた、分福に還元できるようになるといいなと思っています。分福は、若手育成の目的もあり、私がその1号目です。これから後輩もどんどん出てきますし、後輩からも刺激をもらえます。

──現在進行中の作品はありますか?

今秋公開予定の完全自主映画のドキュメンタリーを編集中です。これはずっと温めていたもので、「夜明け」より前から3年間位かけて作っていたものです。当面は作り続けることが目標です。まずは、こういう監督になりたいなって思われるような監督になることですかね。

Jo Motoyoプロフィール
1990年東京生まれ。武蔵野美術大学映像科卒。TOKYO/太陽企画でフィルムディレクターをする傍ら、アーティスト/フォトグラファーとしても活動する。

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NEWREELの編集者。コツコツと原稿を書く。