成熟を見せるVRシネマ
近年、映画業界におけるテーマは「VR」のシネマランゲージを確立することだが、ここ数年の間に様々な試みとして多くの作品が生み出されている。サンダンス映画祭でもダーレン・アロノフスキー監督(「ブラック・スワン」「マザー!」)がプロデュースしたVR作品「Spheres」が話題となり、同作品が上映されたニューフロンティア部門のVR体験のチケットは完売となるなど、新しいストーリーテリングの手法として定着した感がある。
「SXSW 2018」でも、巨匠 テレンス・マリック監督がVRシネマ「Together」をワールドプレミアし、“VRの母”と呼ばれるノニー・デラ・ペーニャは「Greenland Melting」を展示するなど、ベテランも若手も関係なくこぞって参入。「Together」などの人気コンテンツは「ウェイティングリストで半日以上待ち」という状況で、すべてを体験するのは叶わなかったが、体験した中からいくつか紹介したい。
「The Sun Ladies」
サンダンスでも上映された、ISISのヤジディ教徒襲撃の悲劇から生まれた女性戦闘部隊「Sun Ladies」を追った7分間のVRドキュメンタリーシネマ。イラク・ジンジャルに暮らすヤジディ教徒の男性は虐殺され、女性は性の奴隷として拉致された。脱出に成功した数人の女性たちは、クルド武装組織と合流して女性のみの戦闘部隊を編成し、自ら「Sun Ladies」と名乗る。本作品では、あたかも現場でチームの一員となったかのように彼女たちと生活を共にしながら、アニメーションを交えた演出で彼女たちの苦しみや悲しみを体験する。
「Space Explorers: A New Dawn」
こちらも、サンダンスでも上映されたVRドキュメンタリーシネマ。モントリオールを拠点に活動する「Felix & Paul Studios」の処女作品となる。20分にわたり、NASAの宇宙飛行士のトレーニングや惑星歩行を追体験できるというもの。360度の世界で見る宇宙空間や国際宇宙ステーションは、没入感と臨場感にあふれる。本作はシリーズものとして制作されており、続編もアナウンスされている。
「Dinner Party」
最後に紹介するのは、シリーズもののパイロット版として制作されたVRシネマ。アメリカで最初のUFO誘拐事件(1961年)として有名な、ヒル夫妻の実話をもとにしたものだ。ヘッドマウントディスプレイを装着すると、あたかも自分がUFOから降りてくるような演出になっており、60年代のアメリカのリビングルームに降り立つ。ベティー・ヒル(妻)とバニー・ヒル(夫)は友人らとともに和やかなディナーパーティーをしていたかと思うと、突如、UFOに拉致された時の告白が始まるというストーリー。
話題をさらったソニーのWOW Studio
WOW Studio ダイジェスト映像
SXSWの3本柱の1つは、「インタラクティブ」。98年からスタートアップを巻き込み、デジタルによる「未来のテクノロジーのショーケース」という趣が強い。過去にはTwitterやAirbnbらがお披露目され、日本からの参加者にとって注目度もナンバーワン。そのため、中心となるコンベンションセンター周辺には世界的企業がカフェなどを貸し切り、大がかりなデモンストレーションを行う。
なかでも群を抜いて話題となったのが、ソニーの「WOW Studio」。4日間で15,000人が来場した。スポーツ、ゲーム、VRなどクリエイターとのコラボレーションにより、エンターテインメントとして昇華した11点に上る体験できる展示が人気の理由だ。そのうちのいくつかを簡単に紹介しておこう。ユニバーサル・スタジオでおなじみのユニバーサル・クリエイティブとコラボし、ソニーの最新オーディオ技術と触覚提示技術を組み合わせ、ホラー体験ができる「Ghostly Whisper」。ユニバーサル・スタジオの役者に誘われ、あの世とこの世の狭間で非日常な時間を過ごすことができる。
巨大な立方体に組まれた透明スクリーンの中で映像、音、振動など五感で体験する「Interactive CUBE」では、クリエイター集団「SIX」らとコラボレーションする。リリックスピーカーとソニーの技術で、“言葉でつなぐDJ”をゲーム感覚で楽しめる。
そして、個人的に最も感動したのが「音響回廊 Odyssey」。音によるVR体験だ。体験するのにヘッドセットも必要ない。真っ暗なトンネル状の空間に入ると、ソニー独自の空間音響技術「Sonic Surf VR」により制御された576個のスピーカーから流れる立体的な音像が、ファンタジーの世界に誘ってくれる。これを手がけたのは、サウンドプロジェクト「See by Your Ears」を主宰する、サウンドアーティストのevala。
「空間的な音作りは、彫刻に近い感じがあって。Odysseyではフィールドレコーディングした音源を使っていますが、そうした人々の記憶にある生々しい音を、現実には起こり得ない反射やスピードで練り上げています。すると、体験したことないようなファンタジーが立ち上がるんです。Sonic Surf VR(波面合成技術を活用した空間音響技術)では、(視聴する場所によって)“私だけにしか聞こえていない音”を作り出すことができます。このOdysseyのトンネルでも場所によって聞こえる音体験が違っていて、万華鏡のように音像を作ることができるんです」(evala)
「このSonic Surf VRのあたかも音が飛び出てくるような体験で、Odysseyでは、サウンドで時空を旅する不思議な体験をもたらします。今回この技術の特長を熟知したevalaさんのアーティストとしての表現要求に合わせて、ソニーの研究開発部署のエンジニアチームがシステム改善と試作を重ねた特別なもので、これまでにない没入感のある音楽体験を目指しました。そしてこの音場は採録不能、つまりこの空間でしか体験できない音のVRなんです。また、音楽期間に開催したLost in Musicイベントでは、Odysseyを抜けると、夢の中の世界を表現したライブ会場『Dreamscape(ドリームスケープ)』に到着し、会場ではさまざまなアーティストのライブをお楽しみいただきました。今回、大きな反響もいただき、Sonic Surf VRはこの6月に発売の予定です」(戸村朝子 ソニー株式会社 UX企画部 コンテンツ開発課統括課長)
その感覚を増大させるのが、韓国とUKのアーティストデュオ「Kimchi and Chips」による光のインスタレーション。トンネルの両脇に張られた無数の透明な糸にプロジェクターで光を投影し、幻想的な空間を演出した。
今回の発想のもとになったのは、四方に192台のスピーカーを配置したプロトタイプから始まったそうだ
「VR技術を使って『ベニスのビーチにいるみたい』とか『アマゾンの森にいるみたいだわ』っていうのは、単なる自然の劣化版だと思うんです。本来VRが出はじめた時って、“ニューリアリティ”という要素が強かった。新しい現実、知らない現実、“超現実”がそこに立ち上がる、というのがVR。超現実が立ち上がった時、人が誘われる感じを得られるんですね」(evala)
“音のVR”の面白いところは、瞬時性にもある。音や香りは瞬間的に私たちをタイムスリップさせてくれる。evalaは言う。「(音には)瞬間的に胸ぐらをつかまれる。ある音楽を聞いたときに一瞬で記憶がよみがえったりするように、聴覚のほうが視覚情報よりも速く、本能的に伝達すると思うんです。僕が『音』の活動をずっと続けている理由は、そうしたプリミティブな知覚を揺さぶりたいからですね」
不思議なことに、Odysseyを体験した人の多くの感想が「まるでメディテーションをしたようだ」「疲れが吹っ飛んだ」というもの。世界的ブームを見せる“メディテーション(瞑想)”も、今年のSXSWでのトレンドの1つだった。「第1回 ウェルネス・エキスポ」が開催された記念の年でもある。
SXSW後半は、3本柱の1つである「ミュージック」に街はシフトする。ソニーの展示会場は「Lost In Music」と名称を変え、内部もクラブ仕様に転換。アメリカの人気R&Bアーティスト・Khalidのパフォーマンスには多くのオーディエンスが集まり、彼のVRミュージックビデオがワールドプレミアされた(PlayStation Storeでダウンロード可)。SXSWのミュージック全般においては、日本人高校生 ORONO(オロノ)がリードボーカルを務める無国籍バンド「Super Organism」が話題になっていたことを、最後に記しておきたい。