テストに次ぐテスト。3年にわたるプロダクション
ー視覚的なサプライズと美しさに圧倒されるMVですね。
僕に手渡されたブリーフは「プリンタ3Dプロジェクションマッピング」というテーマの企画でした。このMVのクライアントがDouble Aというタイの紙メーカーで、そこが製造する「滑らかな紙」の性能を活かした内容になっています。通常はプロジェクタで壁に映像を投影して錯視を楽しむプロジェクションマッピングを、本物のプリンタで壁を作って、紙で表現しましょう、というところからスタートしました。
ーネタがどんどん出てきますね。どのようなプロセスで具体的な内容が決まっていったのですか?
OK Goのビデオなので、どれだけビジュアルサプライズさせられるかが勝負。そして、カレン・シンさんのグラフィックデザインを活かしたポップな世界観や、プリンタ3DプロジェクションマッピングとOK Goの動きの連動の面白さに尽きます。曲が進むにつれてどんどん展開し、グラフィックも細かくなっていく。楽曲をおよそ13ブロックに分けて、それぞれのアイデアをみんなで考えていきました。アイデア決めに関しては、とにかくテストに次ぐテストでしたね。
ーメイキングでは「2年半の歳月を要した」とダミアンさんが語っていますね。
本番前に2度来日しています。小さな(といっても100台ほど!)プリンタの壁を作って、実際にシミュレーションをしたり、実寸の映像をスクリーンに投影してOK Goのパフォーマンスや吊りを使ったカメラワークのテストなどを重ねていきました。初めての挑戦ばかりなので、アイデア出し=技術的検証、身体的検証、ビジュアル的検証…と多岐にわたって検証の連続。そして、テストをしながら新しいアイデアが出てきたり、変更したりしながら進んでいくんです。
厚木の倉庫で10日間かけて撮影。その内、半分以上の日数をリハーサルに費やしたそうだ
ーどうやってプリンタをコントロールしているのですか?
プログラム制御しています。テクニカルなところをRhizomatiks Researchの真鍋大度さんが担当しています。
36倍の超スロー撮影
ー撮影本番の様子について教えてください。
このビデオは、すべてではないのですが、36倍遅くした曲に合わせて撮っています。つまり、すごーくゆっくりカメラが動き、すごーくゆっくりOK Goも動いているんですね。そのカメラワークは人力では無理な速度なので、モーションコントロールカメラを使っています。
ーOK Goの前作「The One Moment」は、逆に数秒間に起こったことを引き伸ばした演出でした。それと対になるMVを、という意図もあったのでしょうか?
そういう要素もあるのかもしれませんね。ただ、企画から公開までおよそ3年を費やしているので、どうなのでしょうね。
ー36倍速でワンカット撮影というのは、集中力も体力もかなり必要ですよね。
厳密にはワンカットではないです。ワンテイクではあるのですが、36倍の早回しということは、36倍の時間がかかるということで、プリンタに給紙もしなくてはいけない。だから、いったんポーズをしてのワンテイク撮影をしているんです。プリンタが止まる場所も、Rhizomatiks Researchが事前に「曲の何分何フレーム目で紙が切れる」というのを計算してくれているので、そこでカットをかけて、床に散らばっている紙を一切動かすことなくそろりと給紙をし、そろりと戻って再開、となるんですが、まあ、ちょっとはズレちゃいますよね。
ー広い意味での「ワンカット」ですね。
ワンカットではないですがワンテイクではあるので、一発勝負なんです。そのためにも、どれだけ練習をするかが肝でした。
面白かったのが、現場がモニターだらけだったこと。36倍ゆっくり歌っているダミアンの口の寄り、歌詞の字幕をつけたものや、プロジェクション映像が展開しているモニターだったりが、そこかしこにある。モニターだけでなく音も大変なことになっていて、カウント音、OK Goの動きのガイドとして「ダミアン、左手あげて〜、はい、そこでストップ!」っていう指示だったり。
ペーパーマッピングで映し出されているグラフィックの玉を、メンバーが持って投げるという場面では、どうしても位置がズレるんです。ただ36倍だと、「あ、ズレてる」と気づいた瞬間に「ダミアン、右」って叫んで立ち位置を修正すれば、ノーマルスピードで再生すると何事もなかったように見える。だから、音が鳴り響く現場で、僕も叫ばなくちゃいけない。普段は寡黙な監督で通っているのですが、この時ばかりは叫びましたね。
ーカメラが動き、後ろのプリントアニメーションのブラックホールにOK Goの投げる玉が吸い込まれている一連のシーンは見ごたえがあります。
平面的な表現から3Dに転換する、「プリンタ3Dプロジェクションマッピング」企画のポイントになるシーンです。カメラの視点をピタリとペーパーマッピングの映像と一致させることによって、まるで壁に穴が空いてドーンと無限の奥行きがあるように見える仕掛けです。カメラワークと映像の動きは、事前にプレビズ(プレビジュアリゼーション)を作って検証しています。
ーコマ撮りも随所に取り入れられて、いいアクセントになっていますね。
カメラをバンと振り下ろしたらそこにプリンタがあって、そこからプリントアウトが出てくる。紙上で展開するのは事前に収録したOK Goのパフォーマンス。もうひとつが、プリントアウトされた紙が床にブロック状に積み上がり曲に合わせて踊るように動くところです。時間との勝負でした。
ーOK Goのパフォーマンスも空中を使って3Dに仕立てています。「吊り撮影」のアイデアはどのように生まれたのですか?
後半、ブレイクの直後に「南の島」が出てきますよね。この島はクライアントが保有するマイトン島で、作品中に登場させたいという要望がありました。その島を違和感なく出すために考えたのが、島から飛び立つOK Goです。でも、ただ飛んでいくのだと、OK GoのMVとしては物足りない。そこで「吊りとプロジェクションマッピングの合わせ技」で見せ方を考えました。カメラを水平に保った移動からパコンって回して俯瞰視点で上空からOK Goを捉え視点の変わる面白さを考えたんです。そのためには、CG上でカメラワークをつける必要があるので、スタッフが実際に島に行ってドローンで360度撮影をしています。空撮でこのカメラワークはできませんからね。
理系、文系の両軸で考えるクリエイティブ集団OK Go
ーOK Goと一緒に仕事をしてみての感想は?
とにかく、ダミアンはとんでもなく頭が良い。彼はミュージシャンでありながら、クリエイティブディレクターでもあり、時にはクライアントでもある。理系と文系、とにかく全方位にスゴい。ちょっとボーっとしていると、ズバッと鋭い質問が飛んでくる。彼と働くことで眠っていた脳神経が刺激されて、ずいぶんと頭が良くなった気がします。「ダミアンショック(笑)」。
ーたとえばどんなところでそう感じましたか?
たくさんあるんですが、ひとつは、モーションコントロールのカメラワークを検証して、どうしても特機のアームが足りなくて、「これ以上は寄れないかもね」って話になっていた時、ダミアンが「これをこうやって動かせば必然的に寄れるよね」ってパパッて図解をするんです。このMVは簡単な撮影ではなかったので、「無理かな」と弱気になる時もあるんですが、「このアイデアは面白いから何が何でも実現させる」という執念には感心しましたね。大変だけど、それではじめて得られることもあるんだということを、改めて実感しました。
それと関係して、思っていることをはっきりと言う大切さ。「白」と思ったら白と言う。そう聞こえると言ったほうがいいかもしれない。「この人、自信満々に『白だ」って言ってるな」って感じるんですね。でも翌日になると、「黒! 絶対黒!」って言うこともある。ああ、そういうものなんだと思った。それでいいなって思いましたね。
ー「昨日思いっきり白って言っちゃったしな~」みたいな迷いはないと。
ないですね。そういうものだと分かれば、受け入られる。「昨日、白って言ったじゃん」というイラッとした感情さえ沸かない。
——海外の地下鉄で、突然「ここでこの電車は止まります」とか言われてもイライラしないのと似ていますね。「仕方ない、さてどうしようか」となる。日本だと電車が3分遅れただけで、「どうなってんの?」ってなりがちなのに(笑)。
僕は英語がまったくダメなんですね。それで同時通訳がついていたんですが、日本語と英語って文法が違うじゃないですか。「裕介コレについてどう思う?」って聞かれた時に、僕は日本式に「これこれこういう理由で、白がいいと思います」って答えますよね。英語は「白だよ。なぜならこうだから」って、先に結論がくるので、日本式に答えていたら「こいつ、なんか自信なさげだな」って思われている節があったんです(笑)。長々と喋ったわりに、なかなか結論を言わなくてまどろっこしいな、って空気が漂いはじめる。それで途中で言い方を変えたら、会話のテンポが速くなりました(笑)。
ー楽しい経験でしたか?
面白かった。また、海を超えたコラボレーションをやってみたいですね。僕が普段やっている作り方と、枝葉の部分は似ているんですが、幹の部分が違った。僕は曲を聞いてその世界観にどっぷりと入って、そこから映像を引き出していくというやり方なんですが、OK Goが特別なのかもしれないけど、そういうアプローチとはまったく違っていて新鮮でした。自分と違うものをやるっていうのは、何事も刺激になりますね。
実は、個人的には、東日本大震災以降、積極的に海外に出ていきたいっていうモチベーションがなくなっていたんです。やりたくないってことじゃなくて、身近にいる尊敬できるミュージシャンの映像を作って、みんなが気に入ってくれることが僕にとっての成功であり、とても充実感を得られた。OK Goは言ってみれば、特殊技法の世界的権威なわけですよね。コラボレーションするメンバーも国の垣根を感じてないと思います。実現できる人と一緒にやる。そういう地球規模の発想に実際に触れたのはいい刺激でした。
ーミュージシャンと映像作家の関係についても考えさせられますね。
その昔、「音楽」がカルチャーを束ねる役目をしていた頃を思い出しましたね。たとえば、パンクという音楽が出てきたらファッションもパンクだし、絵画だってパンクだし、写真もパンク…という風に全体のカルチャーを束ねていた。ビースティ・ボーイズがいて、マーク・ゴンザレスがいて、グランドロイヤルがあって、スパイク・ジョーンズが出てきたっていう時代。
ー今後挑戦してみたいことは?
ドラマをやりたいですね。まだ勉強中なんですが、映画を撮りたいなって思っています。