日本では谷口暁彦とのコラボレーションでも知られるサンフランシスコ在住のアーティスト Holly Herndon(ホリー・ハーンドン)と、ニューヨーク在住の映像作家・作曲家 William Basinski(ウィリアム・バシンスキー)のアルバム参加も話題を呼んだ、フットワーク・ミュージックの鬼才 Jlin(ジェイリン)。
2016年に Planet Mu からリリースされた Jlin のアルバム「Black Origami」の「1%」というトラックで共演を果たした2人だったが、その後 Herndon はベルリンで新しいプロジェクトについての準備をすすめていたようだ。「Spawn(スポーン)」と名付けられた AI ベビーは、彼女のパートナーであるアーティスト、Mat Dryhurst(マット・ドライハースト)との共同作業によって今年4月に誕生した。
アーティストの Kyle McDonald(カイル・マクドナルド) は、Spawn について「ボーカルを FFT スペクトル解析(埋もれた特定の信号の周波数成分を抽出し、識別すること)し、pix2pix(画像生成AI)を用いて学習させたものである」とツイートしている。Spawn は、初期の段階ではニューラルネットワークを用いたインスタレーションであったが、この「Godmother」ではプログラマー / アーティストの Jules LaPlace (ジュール・ラプラス)の手によって Jlin の作品や声から「母」を想像し、 Herndon の声でそれを再現するまでに成長した。そこには一切のサンプリング、エディット、オーバーダブは施されておらず、いわゆる演奏的行為は排除されている。
— Holly Herndon (@hollyherndon) December 4, 2018
ミュージック・ビデオはフッテージの Herndon と Jlin の会話のシーンからフェイス・モーフィング的に生成されていると思われるが、本編では母と代母(Godmother)である2人の顔が入り混じり、音声もどちらのものなのかはっきりとは識別できず、まるで乳児の知覚が形成されていく過程を突きつけられているようにも見える。Herndon は Spawn を「AI ベビー」と表現しているが、今がまさにその「成長過程」なのだ。
そして Herndon は、リリースに際して発表したステートメントの中で、このプロジェクトを通じて得た音楽の未来について、幾つかの事柄に触れている。
Statement on how and what the Spawn project is. So much love to godparents @Jlin_P and @cosmicsands for helping train her to be so expressive pic.twitter.com/fJGvxOCg4r
— Holly Herndon (@hollyherndon) December 4, 2018
かつてサンプリングが他人の制作した楽曲の倫理的使用について問題を巻き起こしたが、Spawn は楽曲を聞くだけで作曲スタイルやボーカル特性を模倣することができる。この事でまた同様に何らかの権利を保護するかのように彼女の能力に制限を設けるのか?
アイデンティティやアイデアの起源をますます軽視し、人間の嗜好に合わせてより多くのものを提供できるように外部調整されたデータを用いた新しい音楽生態系の論理的帰結点は、このような「際限なき擬態」なのだろうか?
あるいはこれを偉大なる先駆者の遺産に報いるためにも、私たちが誰であるかを再考する機会であるとみなすのか? 私たちがそれに応じることで、その先の新しい共生的な機械と人間のコラボレーションの道があるのではないか。
前作「Platform」から2年。誇大宣伝された人工知能にさまざまな誤解がつきまとう中、制作中とされている新しいアルバムにおいて、彼女はこのテクノロジーに対しての正直な態度を表明するだろう。