一度はお蔵入りになった映画企画「ガチ星」。いけるところまでいったら、何か見えてくるんじゃないか
「ガチ星」dir: 江ロカン |2017/日本/カラー/ステレオ/16:9/DCP/106分
ストーリー: 濱島浩司、39歳。プロ野球選手として活躍していたが、戦力外通告を受けて以降、生活は荒れる一方。故郷の北九州で、親友の居酒屋を手伝いながら、パチンコや酒に溺れ自堕落な生活が続く中、競輪選手になることを勧められる。競輪学校に入学した濱島を待っていたのは、教官からの猛烈なしごきと、歳の離れた若者たちからのいじめだった。過酷なトレーニングに何とか食らいつき、いじめにも屈しない濱島だが、自堕落な生活からは抜け出せず、成績は一向に振るわない。崖っぷちの状況を自ら招いていた彼は、ある日、同郷の同級生・久松孝明の存在を知る。圧倒的な成績を残す彼は、弱った母を施設に預け、帰る場所をなくしてまで競輪にかけていた。久松の姿に吸い寄せられた濱島は、見失った本当の自分を取り戻すために立ち上がる——。
——江口さんにとって初長編映画となる「ガチ星」、泣けました。いよいよ、明日5月26日より東京公開となりますね。スニッカーズや高田引越センター、そしてTOYOTA G’s Baseball Partyなど、これまでCM界で大活躍をしてこられましたが、長編映画を撮るというのは監督業における目標の一つだったんですか?
いや~、まったくできるなんて思ってませんでしたよ。諦めていたというか、自分事じゃないと思っていましたから。40代半ばまではそんな感じでした。
——どういうきっかけで目覚めたのでしょうか?
仕事で「短編をやってみないか?」という話が来るようになって。やっているうちに、こっちもあるのかもしれないな〜って。面白かったんですね。
——短編や朝ドラ「めんたいぴりり」などを手がけられてきましたが、劇場公開作品となるとこれまでとは違ったプレッシャーやハードルがあったのではないかと想像します。
この「ガチ星」はね、仲間内で企画したインディーズ映画なんです。ここまで、ものすごく色々あったんですけど、まぁとにかく、何とか劇場でかけたいという思いでここまで来ましたね。
——構想5~7年と聞きました。
そうなんですよ。はじめから映画として企画していて、実際に某映画会社とやろう、というところまでいったんだけど、「“競輪”っていう舞台があまりにも一般視聴者と距離がある、馴染みがない。お客さんの入りが見込めないから主役はイケメンアイドル系じゃないとダメだ」って話になったんですね。それが嫌で。
言われる通りのキャスティングでやるかどうか迷ったんだけど、自分で本当にやりたい企画をね、こういう売り方するのは嫌だなと思って、諦めたんですよ。やめますって。そうしたら、一緒に準備をしていた周りの人たちが、何でもいいから形にしようと、「めんたいぴりり」を放送したテレビ局と交渉してドラマとして作ったんです。できたものをDVDにしていろんな人たちに見せたら「面白い」って言ってもらえて、やっぱりちゃんと劇場でやってみたいなって強く思いはじめたんですね。
そうした経緯に加えて、映画ビジネスの事情もだんだん分かってきて、その、歯向かってみたくなったんですよ(笑)。どれくらいいけるかね。いけるところまでいってみたら、何か見えてくるんじゃないかなっていうのが、今の気持ちです。
——クラウドファンディングは、全国公開するためのものでしたね。制作資金はドラマ化の際に局が出資しているのですか?
いや全然 (笑)。
クラウドファンディングは、劇場公開するには宣伝がやっぱり必須条件なんですね。僕らの持ち出し分では(宣伝費が)全然足りない。やっぱりSNSだけじゃダメで、テレビCMは打てないけれど、先行上映をした九州では新聞広告が効果あったんです。新聞広告でポッと火が付きました。福岡の中洲大洋映画劇場で公開期間が延長されたので、嬉しかったですね。
©2017 空気/PYLON 撮影は約25日間にわたって小倉で行われた。
——「競輪」が舞台というのは、江口さんの自転車好きから?
自転車が趣味で、今は8台持っていて、自分で組んだりもします。なので、きっかけは自転車好きということと、自転車の走行シーンは自分ならかっこよく撮れるなっていうこと。それとたまたま、競輪学校のドキュメンタリーをテレビで観たことです。そのドキュメンタリーは、この映画のまさしく元ネタですよね。ソフトバンクホークスから戦力区外通告された野球選手が、競輪学校に入って再起をかけるという内容でした。プロスポーツを辞めた人たちって、本当に大変だと思うんですよ。アスリートとして育っているから、アスリートとして終わりたいわけですよ、自分の人生。
ここ10年くらい、競輪選手に年齢制限がなくなったんです。それでプロスポーツを辞めた人たちが競輪学校に入るようになった、という流れがあって。そうすると10代のやつらと、引退した20代のやつらがゼロから一緒にやっているのを見て、もらい泣きしちゃって。
それとね、競輪って小倉(福岡県)が発祥なんですよね。それに、小倉ってロケ地として有名なんですが、だいたい新宿の町中での爆破シーンを小倉で撮るとかそういうのばっかりで、小倉の話がないというのも聞いていました。だから小倉で撮りたかったし、いろんなピースがガチャガチャってハマったんですよね。
——朝ドラ「めんたいぴりり」も福岡発祥の明太子にまつわるドラマでした。もし、「競輪が小倉発祥」でなくても監督が撮っていたでしょうか?
自分がやるべきことかどうか、ってことを考えちゃうクセがあるんです。そういう意味で、「ガチ星」はピースがちゃんとハマった。僕はすごく無精でお尻が重たくて、やりはじめるまでにエネルギーを貯めないとできないし、やるべきだなって思わないとなかなか動けないんです。
役者や監督のリアルが重なる。主役の座を勝ち取るまでがすでにドラマ
©2017空気/PYLON
——「ガチ星」は「再挑戦」というテーマで描かれています。
うん、大きくはそう。裏テーマとしてね、みんな、諦めたら終わりだって分かっているのに、飲んじゃったりするじゃないですか (笑)。明日、大切な会議があるって分かっているのに、飲んじゃったり…みたいなね。みんな諦める理由をたくさん持っていて、で、結果やらずに終わるというのが常で。「諦めちゃいけない」っていう表のテーマがあって、裏のテーマは「とは言え、できないよね」っていうところです。
——主人公が39歳という設定です。諦めることに抵抗がなくなってくる年齢ですよね。
40代を迎え、もう一度新しいチャレンジができるのか? っていうとこですよね。
——主人公の安部賢一さん(濱島浩司役)も40代ですし、彼の現実世界や江口監督の現実世界ともリンクしているところもあるんですか?
そうそう。ドラマとして撮ったんだけど、虚実綯い交ぜなところがありますよね。「レスラー」のミッキーローク然り(編注:ハリウッド・スターとして活躍しボクシングにも挑戦するも、両キャリアで落ちぶれてしまったミッキー・ロークが、崖っぷちプロレスラーを演じる)。自分的にも、自らの人生を考えた時、年齢的に今撮るべきだなって思ったんです。
今だから笑ってネタにしているんですが、「イケメンアイドル系じゃないとダメ」と言われていたのもあって、主役のキャスティングの人に「アラフォーの鳴かず飛ばずの役者を集めてくれ」って、わざとお願いしたんです。それでオーディションをするんですけど、40代で鳴かず飛ばずの役者って、やっぱり大変なことになっているんですよ (笑)。芝居も独自の解釈が過ぎていて、僕の言いたいことはそれじゃないです、みたいな(笑)。そりゃ、鳴かず飛ばずだなって。そんなわけで、オーディションはイマイチなまま終わりました。
その中で安部くんは昔、野球選手を目指してダメで、親父さんが大分の競輪選手だったから競輪を目指したけどダメで、役者を目指したけど40歳くらいになってもダメという経歴で、僕も期待していたんです。運命の出会いかも…と思いながらひいき目に見ていたんですが、芝居がダメだったんですよね…。
これね、ガチ星関連のイベントに出ると、毎回みなさんが何に驚くかと言うと、安部くんが痩せていてシュッとしていてカッコ良いんですよ。それが芝居には良くなかった。見た目も芝居もシュッとしていて、カッコつけなんですよ。カッコ良い自分を見せようとするクセが抜けないんですよね、いくら指導しても。全然違うなって。
競輪学校でのロケハンの時、誰かに自転車で走ってもらわないと写真が切れないので「あいつ乗れるから連れて行こうよ」ということになって。でも、ただ連れて行くのはかわいそうなんで、2泊のロケハン中に芝居のやり取りをして良くなったら出演してね、という約束で行くのですが、やっぱり全然うまくならないんです。やっぱりカッコつけていて。クサイというかね。
僕も、彼とちゃんと向き合ったんですよ。競輪学校のロケハンの時も、彼も一生懸命やっているし、うまくいくといいなって思いながら3日間を過ごしました。3日目の朝、彼の芝居を見る前、彼のことをずっと考えながら朝風呂に入って(編注:江口監督は朝風呂派)、「今日は大丈夫かな?」って、ふと気がついたら足ふきマットで頭を拭いてたんですよね。しかも、大浴場の足ふきマット(笑)。なんでそういうことになったのがわからないんですけど、それくらい安部ちゃんに気持ちがいっていましたね。
最終日の朝、最後にもう一度見たんですけどやっぱりダメで、「ダメだ、ごめんね」って言ったら泣き出しちゃって。彼のホテルの部屋で2人っきりで男泣き。さすがに僕も冷たくできなくなって、じゃあもう1回だけ、1週間後に東京でオーディションをするから来てって。で、1週間経ったら、彼は変わっていた。求めていたダメな感じが出ていたんです。あ、捨て切れたのかな、って。
——完成した映画では、そういった背景は微塵も感じませんでしたし、すごくハマり役でした。
本人はね、自分の実力だと思っていると思いますよ(笑)。本当につきっきりでやらないと僕の言っていることを忘れちゃうので、クラインクインまでずーっと、キャラ作りを一緒にやりたかったのですが、さすができないじゃないですか。
そこで、LINEで毎日自分の写真やムービーを送らせたんですよ。たとえば、「濱島のこのシーンの笑顔は、心の底から笑う感じじゃないよね。その笑顔を撮って送って」と。最初、彼の思う濱島の笑顔を送ってもらって、「全然違うよね」と色々言っていくと、徐々に濱島になっていくんですね。結果的に、彼で良かったと思っています。安部ちゃん自身が汚れていく感じが本当に良かったんです。
©2017空気/PYLON
——「めんたいぴりり」の時もキャスティングがすばらしかったですが、役者に求めるものは?
キャスティングって、その映画の世界観を決めちゃうくらいの影響力があると思っています。演出をどう凝っても、誰にするかでほぼ世界観が決まるんですね。「めんたいぴりり」の華丸さんと、このガチ星の安部ちゃんとでは、方向は違うんだけど、どちらにも共通しているのは「芝居をするな」と言ったこと。芝居をしようとすると、自分の中の芝居のセオリーを出してくるんですよ。わかりやすいのは、ヤクザモノとか。男の子とかはヤクザを演じるの大好きですからね。でもそれは、自分が今まで見てきたヤクザの役だし、やると気持ち良いからやるんですけど、そういう人は僕は全員落とします。そういうセオリーにはまった芝居を求めていないんです。
今回の安部ちゃんみたいにガッツリとやった方がいい時もあるけど、今はもうね、あんまり「この人に対してこうしよう」とかは事前に考えないようにしています。対戦相手みたいなもんで、リングに上がらないとわからないんですよ。反射神経だけひたすら鍛えて、このパンチが出たら、どう自分が反応できるかっていうことしか考えていません。でも、その方が間違いなくうまくいくんです。予め戦略を立てると、それに引っ張られちゃってパンチくらっちゃったりするから。CMの企画説明でも、事前にタレントのところに行くと、大体うまくいかないもんですよ。
監督業は、航海術に近い
江口カン:映画監督/映像ディレクター。福岡生まれ。1997年、「KOO-KI」共同設立。ドラマやCM、短編映画などエンターテインメント性の高い作品の演出を数多く手がける。2013年、ドラマ「めんたいぴりり」の監督を務め、日本民間放送連盟賞優秀賞、ATP賞ドラマ部門奨励賞、ギャラクシー賞奨励賞を受賞。2015年、続編「めんたいぴりり2」で日本民間放送連盟賞 優秀賞を受賞。2016年4月、競輪発祥の地である小倉を舞台に、夢と人生にもがく、崖っぷちの男たちのドラマ「ガチ★星」(テレビ西日本で2016年4月放送)の企画・監督を務める。映画「めんたいぴりり」が2019年1月公開予定。
——おっさんを撮らせたら日本一なんじゃないか、という印象的な画作りでした。
画作りは、僕は常に美しい画を撮ろうと思っていて、それが若い女性でならみんなやっている。おっさんを被写体に美しい画作りをしているから、ちょっと面白いんだよね。このライティングでおっさん撮るんだ…みたいな(笑)。そういう意味では、「おっさんを撮らせたら日本一」っていう称号は、間違いじゃないかもしれないですね(笑)。
——月並な質問ですが、CM制作で得たものを映画作りにも生かされているのでしょうか?
それは断然そうですね。スタッフも、映画でやってきた人と、CMを一緒にやってきた人の混成チーム。「僕は映画に関して、特にこんな長編は素人なんですけど、よろしくお願いします」という話はしつつ、自分の中でよりどころがあるとすれば、CMの本数はすごい量を撮ってきた、ということ。場数って、ものすごい経験の蓄積になっているなって思うんですよね。
たとえば、役者との向き合い方にしても、安部ちゃんにはこういうやり方をしたけど、同じ方法で他の人がパフォーマンスを発揮してくれるかというとそんなことはなくて、それはもう、僕がこうしたいっていう思いと役者の思いの重なる場所を探す作業なんです。これは、CMで散々やってきているんですよね。自分のやりたいことだけでつき進むと、まあ役者はつまらないし、逆に、せっかく他の人と色々とやるんだから、いろんなテイストが入ったほうが面白いじゃないですか。監督業は、航海術に近いというか、目指す地点に行くまでに、逸れた時にどう航路を戻すのかと同じですよね。やっぱりCMをやっていて良かったなって思います。
——プロデューサーのパイロンの森川幸治さんはCM組の方ですか?
ええ、ずっと一緒にやっていて、お互いに発注し合うような関係です。僕と同い年で、彼は素晴らしいプロデューサーだと思いますよ。ちゃんと僕と一緒に真ん中にいるタイプ。もちろん監督とプロデューサーで役割が違うので、僕を立てるときは立ててくれるけど、何かあった時はパッと真ん中に出てくる。逃げないんです。自分事って思ってくれているから、ガチ星が何度も立ち消えそうになったにも関わらず、ここまで来れたのも彼の力が大きいですね。
彼は、福岡に戻ってくる前は東京で市川準さんの助監督をやっていたんです。お亡くなりになりましたが、「禁煙パイポ」のCMなどで有名な監督で、映画も何本も撮っている方ですね。森川くんも、自分でも映画を撮りたいと思ってはいたけど、諦めて帰ってきた人で、さらに言うと、キャスティング会社の社長の吉川威史さんとは、彼がセカンドの時に、森川君がサードをやっていたという繋がりがある。彼にとって、立場は違うけど映画を1本ちゃんと作るっていうことが悲願だったんです。僕よりも思いは強いと思います。
©2017空気/PYLON
——今後は長編・ドラマ・CMなどまんべんなくやられていくのでしょうか?
基本的には、自分にマッチするものであれば何でもやろうと思っていますが、今長編をしっかりやって身につくかどうかが、残りの人生への影響が大きいと思っています。ここ数年はひょっとしたら映画が中心になるかもしれませんね。6月に東京で1本映画を撮るんですが、2019年公開の「めんたいぴりり」もあり、今年は映画まみれ。映画って、できたらそれで終わりじゃないんですよね。そこからお客さんに観に来てもらって、はじめて面白いものが作れたかどうかが決まる。掛け持ちではなかなかできないですよね。
——次回作はどのような映画になるのですか?
準備しているのは、ガチ星とは全然違う作品です。イケメンばかりに囲まれています(笑)。その中で、僕はどこまでやれるのかな、と。そういう意味では楽しいんだけど。