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規格外の日本人。ネイチャーアクアリスト/写真家/競輪選手の天野尚をタナカカツキが語る

kana kana Dec 29 2017

「ネイチャーアクアリウム」もしくは「水草水槽」というワードを聞いたことがありますか? マンガ家のタナカカツキが「芸術の歴史上に出現した新しいアート」と断言する「水草水槽」とは何なのか。そして、それを確立した天野尚とは何者なのか。現在開催中の天野尚 NATURE AQUARIUM展(Gallery AaMo・東京ドームシティ)の会場で、自身も水草レイアウトの世界ランカーであるタナカカツキが解説!

©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.
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失われた楽園。鎧潟で過ごした自然児天野少年

新潟県巻市にある鎧潟(よろいがた)で遊んでいた天野の少年時代(中央前列)。天野尚にとっての原点となる場所
©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

これは、天野尚(あまのたかし)さんが少年の時に失われた楽園を取り戻すお話です。新潟で生まれ育った天野少年。当時、鎧潟という新潟で2番目に大きな潟があったんです。そこには小魚、昆虫、小動物が生息していて、子どもとってはパラダイスでした。おもちゃなんて必要なかった。自分もそうでしたね。外で遊ぶ時はあるもので遊ぶんですよね。僕の場合は、周りに植物があまり生えてなかったから、泥団子ばっかりつくっていましたけどね。それでも子どもは楽しいですよね。そこはもう楽園なんです。

天野少年がこの潟で過ごした原体験が、ネイチャーアクアリウムにつながっている。そして、潟の水中で見た原風景がネイチャーアクアリウムにつながっているんですね。この世界を自宅の部屋でも体験したいという衝動がすべての原点でした。彼は家で図鑑を見たり、絵を描いたりしてずっとその世界にいるわけです。しかし、そんな彼の楽園は、鎧潟の再開発により失われてしまったんです。

ガキ大将にしてお絵かき少年だった天野少年による点描画。「見てください。点描画ですよ。この当時から、魚の側にはちゃんと水草が描かれていますね。魚だけを描きますよね、普通だったら」(タナカカツキ) ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

天野少年が、この潟で何度もやっていることがあるんです。それは、捕まえた魚を家で飼うという試みなんですね。でも、今のように飼育セットなんてないですから、履いていたゴムの靴に水と魚を入れて、片足だけ靴をはいた状態で2キロ先の家まで、大事大事にしながら帰るんです。2キロってけっこうありますよね。それで、途中で魚は死んでしまうんですね。何度も挑戦したけれど、ダメでした。天野少年はあることに気づきます。魚のいるところには水草が生えている、と。早速、水草を引っこ抜いて靴の中に入れて小魚を持って帰ったところ、生きていたんです。「魚と水草はなんとなくセット」っていうのが、10歳の天野少年にインプットされたんです。

“未来の天野尚”を作った自転車と写真

16年間、現役の競輪選手として活躍した天野尚(ヘルメット番号1)。大人になった時に自分にできることを考えてみると、それは自転車を漕ぐこと。それがプロの競輪選手になった経緯だった。同時に「 俺ほど水草を枯らしたやつはいない」 と豪語するほどお金を注ぎ込み、その経験からアクアリウムショップ「アクアデザインアマノ」 を始め、1992年に株式会社アクアデザインアマノ(ADA)の創立に至る ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

ひとつ、未来の天野尚につながるエピソードをお話ししましょう。生物が、熱帯魚が好きだった天野少年。中学では生物部に入りました。ある時、東京・上野にある水族館で熱帯魚展が開催されました。天野少年は展示予定の、アマゾンの怪魚と呼ばれるピラルクが見たくてしょうがない。当時は子どもの雑誌でよく特集されていて、キッズ憧れの巨大な魚・ピラルク。初めて東京に来るっていうんです。

天野少年は、新潟から自転車を漕いで行っちゃうんですね。新潟から東京まで300キロはあります。丸2日かかります。おかしいですよね、普通じゃないですよね。そして、水族館にたどり着いて実際に見たピラルクは、まさかの20センチしかなかったんです。ピラルクの子どもだった。天野少年は愕然としつつも、そのまま自転車で新潟まで2日間かけてUターン。以降、天野少年は、事あるごとに新潟と東京を自転車で往復するんですね。自然と足はカモシカのごとく鍛えられていきます。

天野少年、ただ行くだけじゃなかったそうです。東京に行った時、お兄さんからカメラを借りての道中、いくつかの美しい風景写真を撮っているんです。それを学校に持っていったら、女子クラスメートの間で焼き増し依頼が殺到したそうです。そこで「写真はお金になる」っていうのも、ちょっとインプットされたようです。

20センチのピラルクのおかげで、「やったらできる」っていう生涯貫かれる信念と、自転車とカメラっていう、未来の自分を下支えする2大ツールに出会っていたんですね。

写真家としての天野尚。前人未到の地から自然と人との共生へ

「金剛杉屹立」撮影:天野尚

展示されている写真に特徴的なのは、引きの絵が多いことです。そして、近寄るとどこまでもディテールが見られる解像度の高さ。天野オリジナルの大判フィルムを使って撮影されています。このフィルムはもう廃盤になっていて、富士フイルムが天野さんのためだけに作っていたものなんです。20〜30枚のフィルムホルダーを担いで、雪山やアマゾンに深く入っていくわけです。アマゾンなんて10年通い続けたそうです。しかも録音までしている。展覧会で流れている音はアマゾンで撮ってきた音だそうです。

天野氏(中央)が抱えるのが特注の天野フィルム用のカメラ。巨大かつかなり重い。ADA社員で編成された撮影クルー。アマゾンの撮影では道中、狩りをし、滋養をつけながら進んだそうだ ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

アマゾンの船上にて筋トレ中。ネイチャーアクアリウム作品や写真からは「侘び寂び」や「厳格」といったイメージを受けるが、明るくてお酒好きであけっぴろげで裏表のない天野氏  ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

天野さんの写真は、初めは人のいない原生林の写真が多いんですね。いくつかの写真に収められた風景は、今はもう残っていないそうなんです。

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これはアマゾンには見えないかもしれませんが、アマゾン川の写真。もうこの景色を見ることはできないそうです。翌年にまた戻ったところ、灰だらけになっていたそうです。山を焼いて、バイオエタノールを育てるための焼き畑農地になっていたんですね。その時の写真はどうしても撮れなかった。かなりショックだったそうです。

そこから、天野氏の撮る写真は変わるんです。原生林ではなく、人と自然の共存している姿を撮りはじめるんです。上手く共生できているサンプルとして、新潟の田んぼの美しい景色を収めたりしていくんですね。

一番新しい芸術の形、ネイチャーアクアリウム

世界水草レイアウトコンテスト2016年 第16回第4位「光陰」タナカカツキ作|日本  発表の際に会場からどよめきが沸き起こった作品。中央の渓谷が光りを放っている。NR編集部「タナカカツキさんはネイチャーアクアリウム界から見てどのような存在なのでしょうか?」 世界水草レイアウトコンテスト実行委員会「異端ですよね。今までのアクアリウムにない表現をやろうとしている意味で。それは天野の思想でもある“表現に制限をしない”とも重なります」 ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

水草水槽は、芸術とアートの歴史から見ても、スゴいものが登場したと思っています。これまで芸術が何百年もできなかったことが、ようやくできるようになった。これは大ニュースですよ。写真や絵じゃなくて、「自然」が部屋にやってきた。

海から見る日の出の美しさや、夜空の星。美しいものをいつでもそばに置いて眺めたいという人間の素朴な想いは世界共通、時空も超える切なる願望ですが、草花でさえ室内に持ち込めば枯れた。そして人間は、自然の代わりになるものを求め、絵や彫刻を室内に持ち込んだ。そのように、自然や生命の代用品としての芸術のあり方っていうものが歴史上あったと思うんですね。それが現代「自然」そのものが「生きた形で」部屋に持ち込むことができるようになった。小さな生態系を室内で維持管理する。それを可能にしたのがネイチャーアクアリウムなんですよね。

水草水槽で初めて光合成を目にした人って多いと思います。水槽の中の葉っぱから小さな気泡が生まれ、ぽこぽこ上がっていく様子。そんなことを目の当たりにすることってこれまでなかった。他に何かありますか? 都市生活者が自然に触れるっていうのは、思っている以上に難しいんです。水草水槽は毎日触れ、変化を体験できるんです。時間軸で体験した時、ようやく自然を感じられる。生きているんですね。魚が育ったり死んだり、そういうのを目の当たりにする。生命に触れる。毎日部屋の中でこれだけ人を癒やし励ましてくれるものが、ネイチャーアクアリウムをおいて他にあるでしょうか。

世界水草レイアウトコンテスト2016年 第16回グランプリ「神窟」深田崇敬作|日本 ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

僕にとって、水草水槽はただのアクアリウムという概念じゃないんですよね。私は長らくコンピュータで絵を描く仕事をしていました。CGは人間が完成予想図を頭に描いてコンピュータに指示し、コンピュータは時間をかけて画像を生成(レンダリング)する。水草水槽はその感じにすごく似ているんですよね。人のイメージを越えてくる楽しさがあるんですよ。水草や流木や石、自然素材を使って絵を描く。新しい画材がまた一つ増えて、表現の幅が劇的に広がった。この分野を切り開いた天野尚氏は、自然科学と絵画やデザインをドッキングさせたミケランジェロやダ・ヴィンチ級の人物だと思うんですよね。えらい人がおったな~って思いますね。

ADAのAPグラス(左)とプロシザースウェーブ(右)。ちなみに水槽はシリコン製のフレームレス。まるで水の固まりを切り取ったような美しさがある。天野氏の画期的な発明として水草を育てる「二酸化炭素添加」の発想とその器具の開発。その昔、水草は水槽の中で、持って3ヶ月。変色したり、半透明になって溶けて、死んでいた。きっかけはスナックで飲んだハイボールだったそうだ ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

そして、付属の器具が美しい。水草や魚の生態系の生命維持装置なので、プラスチックで安くできればそれでもいいわけですよね。ガラスでできているから、高価で扱いが雑だと割れるんです。「あ~!」って取り返しの付かないことになってしまう。その時の精神的ダメージはすごい。それで覚えるんです、掃除の仕方を。ガラス製品の扱い方を。いったんマスターすると、安価な商品よりも劣化が少なく買ったときと同じ状態を維持できて長持ちします。ハサミも、錆びやすいハサミ、手首を痛めるハサミよりもADAのものを選んでしまいます。価値がわかっていく楽しみってありますよね。「これは必要じゃん!」ってなった時の喜びってすごいですよね。

世界水草レイアウトコンテスト2017年 第17回グランプリ「コンゴ」ジョシュ・シム作|マレーシア ©AQUA DESIGN AMANO CO., LTD.

世界水草水槽コンテストは2001年、21世紀を迎えて国内コンテストを世界コンテストにリニューアルしたそうです。天野氏は水草水槽の独自のレイアウトスタイルを築いていて、「禅アクアリウム」なんて呼ばれていました。侘び寂びを感じる天野スタイルに世界はびっくりしたんですね。一方で、水草水槽のレベルアップのためには競うことも必要と考えていました。競輪選手のキャリアからの学びもあったことでしょう。でも驚いたのが、世界コンテスト開始の前年まで、参加者数十数人の国内大会だったという事実です。主催するADAの社員の人は「えーそれで世界やるの?」ってなったらしいです。当然ですよね。普通止めるところを、逆に広げるっていうが発想が違いますよね。「やったらできる」精神、ピラルクのおかげでね。

コンピュータ界のMacintosh、アクアリム界のネイチャーアクアリウム。共通するのは「あわせ技の達人」加減

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天野氏の遺作となった、リスボン海洋水族館に展示している40メートルのネイチャーアクアリウム。天野氏の記録や思い出を詰め込んだ「理想の川」が描かれている。美術館の展示作品名は「水中の森」となっているが、天野氏は「熱帯のパラダイス」というタイトルをつけていたそうだ。途中で病が発覚したが、実現したいという強い気持ちが構想3年の末に結実した。国内では、すみだ水族館に展示されている7メートルの作品「草原と石景」などが楽しめる

16年間、競輪選手として活動しながら、休場の時期に写真を撮りに世界各地をまわり、始めたアクアショップは日本全国でもナンバーワンのショップになっていき、業界では有名な存在となりました。自己投資の見本のような人だったんですね。競輪選手の中でも異質で、自転車乗りでありながら、水草をやって、繊細な点描絵を描いて、読書好き。見た目と合致しないんです。それがまた魅力のひとつなんですね。繊細かつ、お山の大将のあわせ技。見ていたら、ほぼほぼやっていることはあわせ技なんです。「魚と水草」をあわせる。「水槽に二酸化炭素」をあわせる。「禅とアクアリウム」「自然とアクアリウム」「デザインとアクアリウム」…組み合わせていくんですね。アイデアマンなんですね。それがよく見えてきますね。

今回の展示もそうですが、前半写真、後半アクアリウムと、あわさっているじゃないですか。でも天野尚の中では同じ、両輪っていうところがすごく面白い。一つひとつジャンルで区切っていない。区切ってないからこそ、1つの世界に広がりが出ますよね。風景写真に広がりが出るように。一見、関係ないようだけどつながっている。

かつての鎧潟が見渡せる、川の曲線に合わせて建てられた社屋。電信柱もすべて地中に埋め、社員で笹や木を植えたそう。「緑がこの土地すべてを覆うようになったら、池には生物がやってくる。企業がひとつ増えたら、緑がひとつ増えるような社会を作らなければいけない」と語っていた天野氏 ©AQUA DESIGN AMANO CO.,LTD.

その頃、天野さんのお宅には、畳の上に超高級品だったMacがガーーって並んでいたそうですよ。壁には先祖代々の遺影がかかっている和室にMac。畳の部屋に撮影用のホリゾントを作ってカタログ用の撮影をしていたそうです。目的を持って「コレをやりたい」ってなったときに、人は躊躇しますよね。そこら辺のセンサーはどうなっているんだろうって思いますね。人のやっていないことを、前例のないことをやってきた。すごいですね。

天野少年は理想郷を取り戻せたのか…。それ以上に、水槽の中で生態系を育てることができる状態を作り、その作り方をみんなに教えた。誰にでもできて、継承できる形にした。草が育つ、水が透明になる。文章やニュースだけのことじゃなくて、「生態系」「自然」を実体験する。誰もが「自然」を再生する腕と技術を持ち合わせたということです。それはすごいことだと思いますね。

kana
bykana

NEWREELの編集者。コツコツと原稿を書く。