偶然は必然!? 作る運命だった米粒ミュージカルMV
泰永優子:2003年から映像チーム「ニコグラフィックス」としてMV等の演出を手がけ、2011年からCAVIARに所属。ポップなキャラクター演出を得意とし、CM、Web映像、MV制作等を中心に活動している。
ー完成後、監督ご自身がもみの抜け殻になるほどの熱量をかけた作品だそうですね。
ええ、6月中旬から企画がスタートし、公開まで約5カ月にわたるロングプロジェクトで、内容も濃密でしたし、完成後になんだか燃え尽きてしまいました(笑)。
ーなぜ米粒でコマ撮りをしようと思ったのですか?
この話が来た時、「全米が、泣いた。」というキャッチコピーだけが存在していました。アルバム「コメにケーション」のコンセプトができあがったばかりで、これから楽曲と映像を作っていく段階でした。
おみそはん(DJみそしるとMCごはん)にとってこのアルバムは“MCごはん”の部分をテーマにした、初めてご飯に向き合ったものなんですね。「全米が、泣いた。」という部分がすでに決まっているので、そこに向けて「お米に泣き顔を描いてMVを作りたい。さてどうしましょう?」という相談から始まりました。
実は私ず〜っと昔から、お米に絵を描いて何かを作りたいという漠然とした想いがあったんです。やりたいことリストにも書いていて。それで、「え、お米でMV作れるんだ! やります!」って、もう即答しました。私はご飯を土鍋で炊いて食べているのですが、その深黒の土鍋の中にいるお米の世界が浮かんできたんです。「黒バックにすればどんな表現でもいけるぞ! 泣いてるってことは顔があるということだから、お米でミュージカルをやろう」と。それで「土鍋の中に広がるお米の世界のミュージカル」というアイデアをミュージシャン側に提案しました。
ー曲も壮大なアレンジなのはそういうところから来ているんですね。
お米たち全員の叫びが重なり合っているんじゃないでしょうか(笑)。
4596粒分の顔を米粒に描く
クリックで44全キャラが登場。アートディレクターを務める井本善之さんによるキャラデザ。「ネイリストさんはこのデザインのママに作ってくれる。少女漫画風の瞳も再現できていてスゴいなって感心しました」(泰永)
ー内容が固まったところで、4596粒のお米にどうやって顔を描いていったのですか?
それですよね。企画提案をしつつ、一方で、「果たしてお米に顔を描けるのか?」とテストをしていきました。まず、自分たちで描いてみたんです。もう酷いもので…。次に米粒アーティストリサーチをしてみたのですが、物量とスケジュールが合わなくて、大きな壁が立ちはだかります。スタッフから「ネイリストはどうだろう?」というアイデアが出てきて、なかやまちえこさんと高萩藍さんに相談しました。とても協力的で「試しに描いてみます」って作ってくれたものが、めっちゃうまかったんです!
おみそはん(中央:キャップ着用)も顔描きに参加。ネイリストさんは通常営業をしながら44人の顔を1~2週間のスピードで仕上げたそう
ーお米の画材はネイルアートのものを使っているんですか?
筆などはそうですが、インクは食用インクを使っています。アーティスト本人が食べ物を背負っているので、「食べ物を粗末にしない」というのはチームで共有している心がけの一つでした。日本には米粒に文字などを書いたお守りもあるので、4596粒に対してもそういう気持ちで、一人ひとりちゃんと数えて管理しています。キャスティングの第一条件は、体の大きい子。粒の大きな品種から、さらに大きい子を選出しました。
ひたすら細かい作業
ー4596粒のオーディション…。
なんで、この数かわかりますか?
ーまったくわかりません。教えてください。
お茶碗一杯って、約3800粒のお米なんです。なので、役でいうと3800役。そのキャスティングをして、歌っているのでリップシンクのために「あ」や「う」と、違う表情を作っているので4596なんです。
ー1役につき何顔(米粒)準備したのですか?
出演者を大きく分けると主役のおみそはん、バックコーラス組が44人、他はエキストラ。主役のおみそはんは「あいうえお」と「ん」の6バージョン、バックコーラスの44人は寄りもあるので「あ」「う」「ん」の3バージョン。他は1バージョンのみです。
主演のおみそはん(容器縁)とその仲間。総勢4596人(粒)。おみそはんは、髪の毛が味噌、帽子が赤唐辛子でできている
ーネイリストさんは合計で何名編成なんですか?
なかやまさんを筆頭に、ネイリストチーム6名で描いてくれました。他にも30名ほどの美大生に協力してもらい、エキストラの顔は、制作スタッフやおみそはん、私も総力をあげて描きました。
コマ撮りでの挑戦
ー実際に撮影していくのも覚悟が要りそうです。
「体力が要りそう~」とかの心配よりも、やりたいって気持ちしかなかったですね。お米の曲である必然性が「DJみそしるとMCごはん」というアーティストにあって、そして、堂々と全力を米粒に注げる機会ってそんなには巡り会えません。「人生で一度きりかもしれない、やりきろう!」って(笑)。
顔が描かれたお米がそろってくると「全フッテージを実際に撮りたい欲」も出てくるじゃないですか。お茶碗の上に立たせたい。合成じゃダメだ。リアルにお米の世界を作らなくちゃ、って。もちろん現実に撮影不可能なところは、物撮りをしてAfter Effectsで動かしている部分もあります。
コマ撮りの撮影現場より
ー撮影はどのような環境で行われたんですか?
マクロ撮影をしています。少しでもお米の置く位置がずれると、フォーカスもずれちゃうという繊細な撮影でした。一番大変なのが、実際のお茶碗やお箸と、お米が絡むところです。撮影期間は2週間と決まっていたので、「ここは、あとで合成かな~」って心が折れそうになっていたのですが、カメラマンさんが自宅でテストをしてきてくれた映像を見た時、やっぱり本当に撮影するのがめちゃ面白い! って確信して。何としても、実物と絡むところは実際に撮影するって決めました。
ーたとえば、このお箸の上で米粒が歌って踊っているシーンは、どうやって撮られたのですか?
表からは見えないように米粒の後頭部にピンを付けて、それをつまんで演技させているんです。
ーお茶碗の縁に立ったお米が踊っている場面も、リアルに撮影されている?
お茶碗の縁に立たせて撮りました。お米の影が見えて奥行きが出たと思います。コマ撮りディレクターの竹内泰人くんが検証してくれた、柔らかく固定できる接着剤を使ってアニメートできるようにしています。お茶碗の中にダイブしているのも後頭部からワイヤーを出してそれで動かしていて、後でワイヤーを消しています。
このテクニックで一番精神力を要したのが、ピーマンの肉詰めのお皿の縁で踊る米粒たちのシーンです(1:24あたり)。主人公の女の子が「おかずしか食べてくれない」ってお米が悲しんでいるのですが、「縦揺れ」がとっても難しかった。他のシーンは横揺れなんですね。
8名のお米ダンサーが登場するんですが、3人目を立たせていると1人目の子がぐにょ~んってなっちゃって…、アニメーターの竹内くんと長島(大賀)くんは半端ない精神力が必要だったと思います。何回やってもどこかが倒れるから、行って帰ってくるっていうのがいつまでたってもできないんです。さらにお皿の前面にいるから、後頭部のピンで固定することもできなくて。そしてピーマンの肉詰めはドンドン乾いていく(笑)。本当にタイヘン。このカット、6、7枚撮るのに半日もかかってます。
はじめは時間のことを考えて、私がCG上でアニメーションの動きを作ったものをアニメーターさんにガイドにしてもらっていたのですが初回の撮影で、いまいち気持ちが上がらなかったんです。お米を並べている意味ってなんだろうって考えました。お米一粒一粒が生きているっていう設定なので、その生命力を出すには、ガイドをなぞるだけじゃダメなんだって気がついて。
「ガイドは尺の目安だけにして、動きはお米が次にどっちに行きたいかっていうのを考えながらやってください」と、アニメーターの2人にお願いしました。そういうのも含めて、彼らはすごく大変だったと思います。でもそれで全然違ってくるんです。アニメーターさんの粘り強さは本当にすごかった。だって、ピンセットで米粒を置くだけで、うわーーっ!ってなるじゃないですか。それを淡々とやり続けられるっていうのは特殊能力ですよね。
「コツコツ最強」! 長丁場を乗り切る術
おみそはんの合成用別撮りの現場より
ー糖質制限(?)でお米離れをしていた女の子とお米の関係はいったいどうなるのでしょう?
歌詞の中で、また女の子が戻ってきます。嫌なことがあって帰宅するやいなや、ご飯をむしゃむしゃ食べる。お米たちは嬉しくて、土鍋の世界からひろ〜い宇宙にボーンと行っちゃう。そこから、お米の涙はうれし涙になります。
ー桜模様のお茶碗も復活ですね! 最後に、長期にわたって集中力を途切れさせないコツがあれば教えてください。
手描きにコマ撮りと、この撮影のために人の力をどれだけ借りたか。スタッフに恵まれて、みんなすごく楽しんでやってくれたんじゃないかと思うんです。どんどんアイデアも出してくれる。それが一番だと思いました。とっても地味な撮影なんですけど、ずっと楽しかったです。それで言うと、編集作業は一人でコツコツと孤独な作業になるので、その時が一番つらかったです。
自分の中でハードルを上げていたのもあって、完成までがすごく遠く感じた。で、タナカカツキさん(コップのフチ子さん)に教えてもらった「ポモドーロ・テクニック」を使ったのがよかったですね。「コツコツ最強説」じゃないですけど、毎日コツコツ、燃え尽きる前に作業を終えて、また次の日に…というサイクルがよかった。途中で燃え尽きずに済んだ (笑)。ポモドーロで同じ時間に起きて、歩いて作業場に行くっていうルーティンがあったから、淡々と乗り越えられたんじゃないかと思います。
瞬発力が必要な現場というのもあります。でも私はそっちタイプじゃないなって気づいたというか。「コツコツやるのが最強」って言ってくれる先輩がいるから、安心してそこに打ち込めますよね。自分がクリアな状態じゃないと、本当にやりたいことや対峙したいことがわからなくなるから、それをキープしながら創り続けるってとても難しい。これはワンカットワンカット、コンテを描くときも、編集するときも、「もうこれは一生できない」って思いながらコツコツ撮ったMVです。
ー全米も泣いていましたが、監督も泣いた。そして、私もなんだか泣けてきました。やりたいことリストには他にどんなことが書かれているんですか?
ハリネズミのキャラクター(@rock_and_paper)をぬいぐるみ作家さんと一緒に作っているんですが、その子をデビューさせたいですね。